▽取り付け
道ばたにまだ雪が残る極東ウラジオストク。米国が２月２４日に制裁対象としたロシア最大手銀行、ズベルバンクの支店では翌日にかけて、現金を引き出す人が殺到した。市内の現金自動預払機（ＡＴＭ）は紙幣供給が追い付かず、引き出しが一時不能になったり、上限が設けられたりしていた。
順番を待つ人たちの顔は暗く、張り詰めた空気が漂っていた。「いつも通り生活費を引き出しに来た」という年金生活者の表情にも影がよぎる。
ズベルバンクは２６日「通常通り営業しており、ルーブルや外貨の引き出し、両替に制限はない」と顧客に通知し、冷静な対応を呼び掛けた。ただ、多額の引き出しには予約を推奨した。
ソ連末期から１９９０年代にかけての物不足やハイパーインフレを経験してきたお国柄。２０１４年のウクライナ南部クリミアを強制的に編入した際にルーブルが暴落した記憶も市民の間ではまだ新しい。ウクライナ侵攻前から自国通貨に不信感を抱く人は多く、資産をドルなどに換えて持つ人もいる。
２４日の制裁発表に記者も不安になり、ドル引き出しを予約。２５日夕になって紙幣が準備できたと連絡があった。窓口では「（預金を）全額下ろしますか？」と聞かれた。「勧めるのならそうします」と応じると「今のところ現金はあります」との答え。ただ、全額下ろす人も多いと耳打ちしてくれた。
日本の本社からは緊急送金の打診があったが、時既に遅し。送金はできなくなっていた。今後の取材経費や生活費をどうやって確保するのか考えなければならない。
▽ルーブルは不安
両替店では２８日、１ドルの買値が午前の開店時の８５ルーブルから昼前には９０ルーブルに上がった。１月２０日の買値７６ルーブルと比べて約２割の下落だ。同じ店で、売値は１２９ルーブルに達していた。それでも普段は閑散としている店に、ドルを買う人が列を作った。
「ルーブルを持つのは不安。ドルが高くても、あすはもっと上がる。今のうちに買う」（欧州企業勤務の男性）。父親からルーブルは信用するなと教えられて育ち、資産の一部は外貨で保有。それでもルーブル建ての給与は目減りが必至。子どものために積み立てた投資信託も価格が落ち、塩漬けになりそうだ。「勤務先がロシアから撤退する可能性もゼロではない」と不安がる。
地場の大手物流会社に勤める女性は、２月２５日が給料日だったが、支払われなかったと明かした。経営者から「銀行が普通の状態ではなく、現金が確保できなかった」と説明を受け、近く支払うとの見通しが示されたが、女性は「きちんと支払われるのか不安」と漏らす。経営者が給与支払いのための資金を流用して外貨を買い、利ざやを稼ごうとしているのではといぶかる同僚もいるという。
▽相次ぎ値上げ
国際決済ネットワーク「国際銀行間通信協会（ＳＷＩＦＴ）」からの排除や中央銀行の資産凍結など、米欧は矢継ぎ早にロシアへの制裁を繰り出している。プーチン政権は制裁に対抗する方針を打ち出し、中銀はインフレ抑止のための大幅利上げを発表したが、事態は悪化の一途をたどり、行き着く先は見えない。
日本の中古車の輸入拠点として知られるウラジオストク。郊外には日本から船で輸入される中古車が売られる市場があるが、そこも先週末から大混雑。ルーブル建ての販売価格は既に上がっていた。物色する男性は「制裁で日本からの輸入が滞れば、中古車は今後、必ずもっと値上がりする」と予測した。販売業者は「銀行送金は不安。ドルでもルーブルでも、現金取引を望む」と話した。
家電製品や衣料品の値上がりも始まった。今後の仕入れ価格の上昇を見越した動きだ。地元当局は不当値上げを取り締まるホットラインを設けたが、輸入品を中心に物価上昇は避けがたい。
地元薬局チェーンは外貨での仕入れを停止したと明らかにした。通貨下落や決済手段が障害となり、輸入品が不足する懸念も増してきた。
プーチン政権は（略）情報を統制している。市民たちが批判の声を上げることは難しくなっているが、ルーブル急落などによる混乱は市民の暮らしを直撃しており、政権への不信感は静かに高まっている。
47NEWS 2022/3/5 11:00 (JST)
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