--1988年2月初頭にゲーム誌の新作情報で紹介された当初は地味臭い見た目が否めず((文面では「記憶喪失の少年探偵」など斬新さを匂わせることが書かれていたが、たいていの人が真っ先に目に止まるのは画面写真で、この時期はまだ当り障りない場面ばかりしか掲載されていなかった。))、同時期の話題作『[[キャプテン翼>キャプテン翼 (FC)]]』や『[[究極ハリキリスタジアム]]』((この頃は野球ゲーム人気が本格化したことで、新作の野球ゲームはいずれも注目度が高く、ソフト売り上げもそのほぼすべてが本作と同等以上のスマッシュヒットを記録するほどであった。))、同年後期最大のビッグタイトル『[[スーパーマリオブラザーズ3]]』((当初は7月を予定していたが8月への延期を経て最終的には10月23日発売。ファミマガでは3月から大々的に数ページの巻頭カラー漫画で紹介するほどの力の入れようだった。))の話題性の大きさが災いしてか、任天堂ソフトとはいえ当初の注目度は低く、前人気ランキングではベスト20の15位前後とあまり目立たない地味な存在だった。