差別や誹謗中傷に対して抵抗したり反撃したりする人がいると、やがて孤立していって被害者とすら見られなくなり、「過激な人」「ずっと喧嘩してる人」としか認識されなくなる現象ほんとに意味が分からない。
外野から白い目で見られるどころか、むしろ忍耐が讃えられるべきなのに

「被害を直視し続けるのがつらい」は分かるけど、「被害者なんていない」まで飛躍する認知の歪みは理解できない。
それとも、ほんとうは被害と加害という非対称性を理解してるけど「被害者を叩きたい」っていう欲求があったりするのか?