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一年中、沖縄を攻撃しているのは「奄美のヒーラー」

1名無しさん
垢版 |
2019/04/27(土) 21:18:06.24ID:fY6pTL48
現在沖縄には、奄美人が10万人以上移住して来ている。(奄美島には4万人しか残っていない)
この移住してきた奄美人達は、沖縄戦を知らず、米軍や日本軍に肉親を殺された事はない。むしろ、
「沖縄戦でよくぞ沖縄人を殺してくれた、おかげで沖縄に移住して良い暮らしができる様になった」
と、米軍や日本軍に感謝しているらしい。
そして、5チャンネル沖縄版では、沖縄人も、日本軍や日本政府に感謝せよと毎日書き込んでいる人物がいる。
この「奄美のヒーラー」は、薩摩時代、戦前の日本政府、沖縄戦、米軍統治から、普天間移設まで、
すべて、沖縄人が悪いという誹謗中傷を、一年中、朝から深夜までしつこく書き続けている。
沖縄の人間としては、移住してきた奄美人を非難する気はない。ただ「奄美のヒーラー」は消えてもらいたい。
226名無しさん
垢版 |
2019/08/24(土) 21:51:58.66ID:+SoVkclj
「戦争終わったよ」投降を呼び掛けた命の恩人は日本兵に殺された 沖縄・久米島での住民虐殺 2019年6月22日 10:05

【東京】沖縄戦で本島における日本軍の組織的戦闘の終了後、久米島に配備されていた日本軍に
スパイ容疑で虐殺された仲村渠明勇さんに命を救われた少年がいた。現在、東京都練馬区で暮ら
す渡嘉敷一郎さん(80)だ。渡嘉敷さんは久米島に上陸した米軍に捕らわれるのを恐れて池に
飛び込んで命を絶とうとしたところ、仲村渠さんの呼び掛けで思いとどまった。同じ久米島出身
の妻政子さん(80)が住民虐殺の歴史を語り継ぐ活動を続けており、一郎さんも参加して語り
始めた。本紙に体験を語るのは初めてで「一番怖かったのは日本兵だった」と振り返る。
227名無しさん
垢版 |
2019/08/24(土) 21:55:11.46ID:w8/KTgmJ
 沖縄本島で捕らわれた仲村渠さんは1945年6月26日、米軍と共に久米島に上陸し、住民に投降を呼び掛けていた。
日本のポツダム宣言受諾後の8月18日、島にいた日本軍の通称「山の部隊」(鹿山正海軍通信隊長)の兵士に妻子と
共に殺された。
 渡嘉敷さんは旧具志川村(現久米島町)仲泊の出身で、戦争中は50〜60人で避難生活を送っていた。
「ヒージャーミー(米国人)に殺される」との話が住民の間に広まっていった。米軍上陸後、母親の親戚と一緒に逃げて
いた渡嘉敷さんは、池に飛び込もうとしていた矢先、「もう戦争は終わったよ。もう死ぬことはないぞ」という仲村渠さん
の呼び掛けを聞いた。「あれは西銘(集落)の明勇だ」と誰かが叫び、われに返った渡嘉敷さんは投身を思いとどまった。
228名無しさん
垢版 |
2019/08/24(土) 21:56:56.11ID:w8/KTgmJ
 当時、島では日本軍の隊長からは「山に上がって来ない者は殺す」との命令が下されていた。上陸してきた米軍からは、
日本兵が軍服を捨てて住民にまぎれこんでいることから「家に戻りなさい。戻らなければ殺す」と投降の呼び掛けが出て
いたという。どちらを選択しても死を迫られるという苦しい状況に住民は置かれていた。

 渡嘉敷さんは「明勇さんは案内人として米軍に連れてこられていた。村人が隠れているところを回って、投降を説得する
のが役割だった。明勇さんに命を助けられた。島の人にとっては恩人。それを、逃げるところを後ろから日本刀で切って
殺されたと聞いた」と悔しそうな表情を浮かべた。
229名無しさん
垢版 |
2019/08/24(土) 22:35:20.45ID:Oh5KEOCk
「沖縄戦の縮図」
国頭支隊事実上の敗走─敗残兵による住民の食糧強奪や「処刑」が多発 第32軍、民間人に偽装した攻撃を指示
1945/4
井川少佐が伊江島守備隊長として部隊を指揮していた。また住民による伊江島防衛隊、同少年義勇隊、同女子救護班、同婦人協力隊が軍に動員されていた。

斬り込みは連日続けられたが、斬込隊には現地召集された多数の防衛隊員が含まれていた他、米軍側の資料によると乳飲み子を抱えた女性まで含まれていた。
タニヨ岳への撤退・転進の最中においても、米軍の警戒網にかかり相当数の損害を出した
タニヨ岳に無事についたとしても満足な食糧はなく、各隊は敗残兵となり住民の食糧を強奪するなどの事件を起こした。
缶詰を持っているだけで「米軍のスパイ」と疑われ、「処刑」された民間人もいたという。
また大宜味村塩屋集落では、集落が米軍から食糧の配給をうけていることを知った国頭支隊の敗残兵が
「スパイ部落」「スパイ集団」などと決めつけ、集落を襲い約40人もの人々を殺害している(渡野喜屋事件)



第一防衛線で民間人に偽装した攻撃
 第一防衛線の西原地区では、米軍が「服装においても話し方においても現地住民のように見せかけることが必要である」
といった内容の第32軍部隊の「西原地区における戦闘実施要領」を押収した(押収したのは17日ともいわれる)。
 具体的には「住民の服を借りてあらかじめ確保せよ」「一案として方言を流暢に話す若い兵を各隊に一人割り当てよ」などと民間人への偽装を指示している。
これについては第24師団歩兵第32連隊第1大隊伊藤孝一大隊長も部下が民間人の服を着て攻撃していたと証言している。
230名無しさん
垢版 |
2019/08/24(土) 22:42:13.54ID:Oh5KEOCk
戦後70年に学ぶ
「沖縄戦」語る、受け継ぐ
https://www.yomiuri.co.jp/special/okinawa/
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