その病院は、「日永(ひなが)病院」といった。病棟に入ると、看護士は、ドアに鍵を掛けた。そして、中に入って、愕然とした。
見ていると、患者たちが、普通ではない。いわゆる「キチガイ」ばかりなのだ。
 (しまった。ここは、精神病院だ!)
 気が付いたときには、遅かった。仕方なく、私は、食堂の椅子に黙って座った。やがて、医者に呼ばれた。
 診察が始まった。傍には看護士が付いていた。医者が尋ねる。
 「家で包丁を振り回したそうですね」
 「は?」
 「覚えがないのですか?」
 「・・・はあ?」
 「自覚症状が無いのですね。分りました。まあ、ゆっくりしていってください」
 「ちょっと待って下さい。検査と聞いてきただけです。家に帰してください」
 「私は名医ですから、患者を一目見れば、どういう症状か、分ります。あなたは重度の精神分裂症です」
 「え!? 私が、ですか!?」
 「もし、不満なら、弁護士を通じて、裁判で訴えて下さい」
 「・・・・」
 「まあ、半年はかかります。ゆっくりしていってください」
 「・・・どうも言い訳しても、無駄のようですね」
 すると傍に居た看護士が、
 「分ってるじゃねえか」
 と、私を連れて、「保護室」という、2畳くらいの広さの、ベッドと便器があるだけの檻の部屋に連れて行って、閉じ込めた。

 私がその檻から出たのは、11月になってからだった。約半年間、それは、描写しようのない「地獄」だった。
私は体を壊して、自律神経失調症で苦しみ続ける事になる。