藤圭子さんの兄、51年ぶり再デビュー 演歌歌手・藤三郎さん「浅草の夜」 埋もれた才能惜しまれて

 苦節51年、再びのメジャーデビューを果たした演歌歌手がいる。藤三郎さん、72歳。「伝説の歌姫」と呼ばれる藤圭子さんの兄だ。「天国の妹に聴いてほしい」。貧しかったころ、一緒に酒場で歌う「流し」をした思い出の詰まった東京・浅草の木馬亭で17日、新曲を披露するコンサートを開く。(竹島勇)


◆1970年デビューも売れず、浅草で飲食店など営む
 北海道出身。10代のときに浪曲師の両親、2歳下の圭子さんと上京した。生きるために一家で浅草などの流しをした。
 すごみある歌声が関係者の目に留まった圭子さんは1969年に「新宿の女」でデビュー。「圭子の夢は夜ひらく」などの大ヒット曲で時代の寵児ちょうじとなったが、28歳の若さで突如引退を表明。2013年8月に62歳で急死した。歌手の宇多田ヒカルさん(39)の母親としても知られる。
 一方、70年にデビューした三郎さんは3枚のレコードを出したが、話題にならなかった。「圭子が売れたから俺はいい」。翌年に引退した後は、浅草で飲食店などを営みながら暮らした。最近は、浅草寺そばの飲み屋街「初音小路はつねこうじ」で妻が営む居酒屋に顔を出しては、客の求めに応じてギターをつま弾く生活を続けていた。
◆演歌界の名物店主が一肌脱ぐ
 再デビューのきっかけは、浅草にほど近い上野のJR高架下にある演歌専門レコード店「アメ横リズム」店主の小林和彦さん(85)がつくってくれた。69年の開店以来、演歌の最新情報を発信し続けてきた業界関係者なら知らぬものはない名物店主は、三郎さんとは旧知の仲だ。埋もれたままで終わった才能を惜しむ気持ちがずっとあった。
 昨年10月、小林さんは三郎さんを元レコード制作者の千賀泰洋たいようさん(77)に紹介した。ちあきなおみさん、川中美幸さん、島津亜矢さんらを担当し、演歌の世界を知り尽くした人だ。3人は初音小路で話し合った。コロナ禍で訪れる人が減り沈滞ムード漂う浅草の街に「歌で活力を与えよう」ということになった。
 千賀さんが、冬木夏樹のペンネームで作詞した。タイトルは「浅草の夜」。街が最高潮の盛り上がりを見せる5月の三社祭。みこしをかつぐためにやってきた男と、飲み屋のおかみの切ない恋物語だ。冬の到来を知らせる鷲神社の「酉とりの市」、遊園地の「花やしき」など浅草の風物詩や名所を歌詞に盛り込んだ。
◆17日に人生初コンサートにも挑む
 40歳ごろから視力が低下した三郎さんは、今はほとんど文字が読めない。千賀さんから口伝えで教えられた歌詞に合わせてギターを弾いて、曲を作った。そうやって、繊細なメロディーに乗せてうなるように歌い上げる曲が誕生した。2月、徳間ジャパンコミュニケーションズから待望のCDを発売した。
 三郎さんは「浅草の歌で再デビューなんて驚きです。圭子は今も夢に出てくる。歌では妹にかなわなかったが、生きていてくれたらこの曲の話もできたのにねえ」としみじみ話した。コンサートを開くのは「人生で初めて」と言う。
 チケットなどの問い合わせは、アメ横リズム=電090(4016)561X=へ。

東京新聞 2022年5月7日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/175817