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「釣りバカ日誌」を幹部の教育用映画に選んだ金正日氏(写真:AP/アフロ)

 1988年に公開された映画「釣りバカ日誌」は、北朝鮮労働党幹部の教育用参考映画に選ばれたことがある。当時の金正日総書記が「人とのビジネスはこうするものだ」と党幹部に推薦したのだ。

 釣り好きな鈴木建設の末端社員である浜崎伝助(ハマちゃん)と、彼と釣り友達になった鈴木社長(スーさん)が織りなすエピソードをコミカルに描いた「釣りバカ日誌」は、なぜ映画マニアの金正日氏の心を捕らえただろうか。
(郭 文完:大韓フィルム映画製作社代表)

 1990年代、金正日氏は党幹部の間で蔓延していた官僚主義と権威主義に憤っていた。党幹部たちが大衆と苦楽をともにするどころか、職権を利用し、官僚主義に基づいた権威主義的な行動を取っているという不満が北朝鮮の全域から上がっていたからだ。

 例えば、ある労働者が官僚主義と権威主義に陥った党幹部に対して、「あなたはそれでも党幹部か。職権を利用して下の人たちの意見を潰し、高位の者にはハエのように前足を擦り付けるやり方に吐き気がする」と抗弁し、不利益を被った事例があった。報告を受けた金正日氏は検閲団を派遣して状況を把握した後、問題の党幹部を解任した。

 金正日氏はソ連をはじめとする東欧社会主義国家の崩壊原因の一つに、幹部の中で蔓延していた官僚主義と権威主義があったと見て、党幹部の度を越えた官僚主義と権威主義に警鐘を鳴らした。

金正日が「釣りバカ日誌」にハマった理由
 官僚主義とは、高位の者に弱く、下位の者には強く接して、責任は負わずに独善的な行動や官僚的な意識を示す行動を指している。弱者には権威を掲げ、絶対的権威に追従する権威主義と密接な関係にある。金正日氏は「党幹部の間で蔓延している官僚主義と権威主義が、党と大衆を引き離す恐れがある」として闘争を予告した。

 金正日氏はちょうどその頃、日本映画「釣りバカ日誌」を見た。朝鮮総連の文化関連部署が、金日成氏の80歳の誕生日である1992年4月15日に送ってきたビデオである。

 日本映画に造詣がなかった金正日氏は当初、「釣りバカ日誌」に関心を示さなかったが、映画を見た金日成氏が「久々にとてもおもしろい日本映画を見た」と推薦してきたため、見ることにしたのだ。

 金正日氏は興味がないまま見始めたが、平社員と社長が釣り仲間になって展開される数々のエピソードを見て、日本映画に対する認識を改めた。そして、金正日氏は映画を見た後、以下のような感想を述べた。

「日本も映画づくりがうまい。このような映画こそ、我が党幹部たちが見るべきだ。資本主義国の日本でも、末端の社員と会社の社長が釣りを通じて友達になる姿はどれほど素晴らしいか。目上と目下の人間関係があってこそすべてがうまくいく。いばり散らして部下と疎通しない党幹部は、映画の鈴木社長に劣る」

 そして、金正日氏は「党中央委員会の副部長以上級と連合企業所の責任秘書以上級の幹部に教育映画として配布せよ」と指示を出した。

 こうして「釣りバカ日誌」をコピーしたVHSビデオテープが、北朝鮮の幹部の高位者に配られた。さらに、北朝鮮最高の朝鮮労働党幹部養成施設である「金日成高級党学校」の参考映画にもなった。