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慰安婦問題に関して、韓国人がとりうる最高レベルの誠実さとファクト重視の厳正な姿勢を崩さずに接近した、決然たる迫力の書である。著者の沈揆先氏は日本通の第一級ジャーナリストだが、慰安婦問題に関しては、2015年の日韓合意を受けてつくられた「和解・癒やし財団」の理事を務めるなど、当事者(本人のことばでいえば内部監視者)でもある。その彼が批判の矛先を向けるのは当然、虚偽と不正腐敗で鎧(よろ)われた支援団体(元挺対協、のちの正義連)のトップであった尹美香(ユン・ミヒャン)氏だ。

日本は慰安婦問題に対して、アジア女性基金や日韓合意など、二国間の協定の範囲内であたうかぎりの誠実さをもって取り組んできた。しかし韓国の市民団体にことごとく反発され、空中分解してしまった。情けないことに韓国政府も、「被害者中心」を声高に唱える市民団体の力に完全に屈してしまい、なにも統御できなかった。

日本人としてこの無念さははかりしれないが、著者の韓国人としての無念さは、解決に向けて奮迅の努力をした当事者でもあるだけに、きわめて重い。著者によれば、尹美香氏など支援団体が主張する「被害者中心主義」は、「被害者利用主義」「被害者団体中心主義」「被害者理想主義」「被害者差別主義」「被害者放置主義」に堕した。「被害者差別主義」とは、市民団体が支援する元慰安婦だけを聖域化し、逆に日本からお金を受け取るなど支援団体がコントロールできない元慰安婦を糾弾して差別してきたことをいう。このことをいちはやく指摘して批判した『帝国の慰安婦』著者の朴裕河(パク・ユハ)氏は、韓国社会で苛酷な総攻撃を受けた。

著者は「被害者の品格」ということをいう。このことばを評者も最近、韓国の若者から聞いた。次第に浸透しつつある考えなのだろう。日本に対しては強硬一辺倒であるのが正義だという考え自体が、間違いである。そのことを著者は繰り返し述べる。すべてを「韓国が望む水準」で解決することは不可能だと知らねばならない。そのために、リーダーは国民の感情に従うのではなく、国民を説得しなくてはならない、と語る。憂国の念がごつごつと結晶した、近年まれに見る魂の書である。(沈揆先(シムギュソン)著、箱田哲也訳/朝日新聞出版・2530円)

評・小倉紀蔵(京都大教授)

https://www.sankei.com/article/20220306-X2MQ4NJZOBNONG74USZDNKJGXU/