現代日本で、性交渉未経験の男性が増加している。未婚男性の半数近くに上るという彼らはいま、何を思っているのか。そしてこの変化は社会に何をもたらすのか。

「ぼく、いままで女の子とつきあったことがないんです」

 都内に住む会社員のNさん(54才)は、所属している社会人テニスサークルで一緒にプレーしている30才の男性が飲み会でこう話したことに驚いた。Nさんが目を丸くして語る。

「彼は高学歴で名のある会社にも勤めているし、見た目もおしゃれで背も高い。同僚の女性から好意を寄せられることもあるみたいだけど、『女の人は言っていることとやっていることが矛盾するから面倒なんですよ』と苦笑いしながら語っていました。さらにビックリしたのは、彼よりもう少し下の世代の男子たちが『おれたちも』と口々に語り始めたこと。つまり、みんな性体験がないんですよ。

“未経験”率ってこんなに高いんだ、って思ったし、みんなそれを周囲に知られてもそれほど恥ずかしそうじゃないことにも驚きました。自分たちの時代からしたら、経験してたかどうかってみんな気にしすぎるくらい気にしていたので……」

 彼の驚きは数値にも表れており、実際に最新の統計によれば、「未経験男性」は増加している。

 東京大学特任研究員の坂元晴香さんらが2022年7月に20~49才の男女8000人に行ったオンライン調査では、20代女性の未経験率が29.7%である一方、20代男性は43%が性交渉の体験を持たないという結果になっている。

 国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査によると、男女とも各年代で調査年が新しくなるほど未経験率が増加する傾向にある。特に2021年調査の18~34才の未婚男性の未経験率は44.2%。こちらも半分近い数字になったという衝撃のデータであり、2015年の前回調査よりも増加した結果となった。

女性は男性の1000倍選り好みする?
 なぜここまで未経験男性が増えているのか。識者はいくつかの要因を指摘する。

 新型コロナが若い世代の童貞化を加速させたと語るのは、一般社団法人日本家族計画協会会長で医師の北村邦夫さんだ。

「コロナを契機に人間関係が希薄になり、もともとセックスを面倒臭いものだと考えていた20~30代がますます性交渉から遠ざかりました。実際にぼくがインタビューした若い人たちの中には、『セックスより楽しいことやすべきことは世の中にいっぱいある』と言って映像づくりに情熱を燃やす映画好きの青年がいたり、『性欲というより排泄欲求が問題だから、自分で処理すればいい』と話す男性がいました」

 こうした要因に加え、「他人に拒否されたくない」と恐れる人が増えたと北村さんは続ける。

「ぼくはよく、講演会などで冗談交じりに“失敗は性交のもと”と話しています。セックスは異性間で何度もコミュニケーションを重ねた先にあり、その過程では必ず失敗しますが、みんなその経験によって人とのつきあい方や距離感を学んでいくから、失敗してもいいし、むしろするべき。にもかかわらず失敗を恐れて二の足を踏んでいるから、セックスに至らないケースも多いのです」

 男女の出会い方が変化したことも一因だ。それまでは学校や職場、友人の紹介や合コンなどが主流だったが、近年は若い世代を中心にマッチングアプリが隆盛を極め、大人数で集まることを自粛せざるを得なかったコロナ禍が拍車をかけた。

『バカと無知』『無理ゲー社会』など数々のベストセラーがある作家の橘玲さんは、マッチングアプリの登場で恋愛が「無理ゲー」になったことが童貞化の要因だと語る。

「ほぼゼロコストで精子を提供できる男性と違って女性は卵子の数が限られていて希少なので、自分にふさわしいパートナーをじっくりと選ぶ傾向があります。各人のプロフィールやスペックが一覧できるマッチングアプリはそうした女性の生物学的な特性に寄り添ったサービスでしょう。

 アメリカのある研究によると、マッチングアプリにおいて女性は男性の1000倍も相手を選り好みするそうで、これでは大半の男性がふるい落とされてしまいます。現代の恋愛市場は多くの男性にとって攻略困難なゲームを指す『無理ゲー』なのです」