いまや日本人みんなに愛されるラーメン。でも日本人で初めて食べたのはだれか知っている? ここでは初めてラーメンを食べた日本人をさがしながら歴史のお勉強をしていこう!

<ラーメンを初めて食べた人の候補者>

徳川光圀(とくがわみつくに)……「水戸黄門(みとこうもん)さん」の名前で知られる人。江戸時代にあった水戸藩のお殿さまで、日本の歴史をまとめた本『大日本史』をつくったことでも有名。

阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)……奈良時代の役人。中国へ留学し、勉強して現地でえらくなった。

空海(くうかい)……真言宗を開いたお坊さん。真言宗はいまでも日本で信仰される大きな宗派となっている。

 ラーメン、そうめん、うどん。みんな小麦粉を材料にしているのはいっしょだが、じつはそうめんは植物油、ラーメンは塩が入っている水を使うことで、それぞれ違った麺となっている。ラーメンはとくに日本人がみんな大好きで、なんと日本にはラーメン店が2万以上もあるといわれている! そんなラーメンと日本人の歴史をみていこう!

 最初にラーメンを食べた日本人は、「水戸黄門」こと徳川光圀と言われることが多いが、果たして本当にそうなのか。

 徳川光圀にラーメンをごちそうしたとされるのは、朱舜水(しゅしゅんすい/中国のえらい学者さん)。長崎で生活を送っていたところ、光圀が江戸へ呼んで、水戸藩のお屋敷に住まわせた。朱舜水は光圀がうどん好きと聞いたので、ささやかな礼として、レンコンのデンプンで作った麺をごちそうしたという話が水戸藩の公式記録にある。

 それならば、最初にラーメンを食べた日本人は光圀で決まりのようだが、果たして、光圀にふるまわれた麺がラーメンと呼んでよいものかどうか疑問が残る。

 百歩ゆずって、それがラーメンだったとしても、日本で最初に食べた人というならともかく、最初に食べた日本人が光圀ということはなかろう。

 中国で麺がはやって日常的に食べられるようになったのは後漢時代(25~222年)のこと。時代が下るとともに、麺を食べることは黄河流域から、はやってコメ文化が主流だった江南地方でもひろがった。つまり、遣唐使(けんとうし/古代、勉強のために中国に留学していた人たち)のなかに、ラーメンを食べたことのある人がいても不思議ではなく、むしろいないほうが不自然なのだ。

 遣隋使(けんずいし/遣唐使と同様、勉強のために中国留学した人たち)の派遣(はけん)は6回、遣唐使の派遣は約20回を数え、全部で1万人以上が中国にいっていた。なので、そのなかから最初にラーメンを食べた日本人を特定するのは、まず不可能と言ってよい。

 対象を有名人に限定するなら、候補者は次のふたりに絞られる。官吏選抜試験の科挙に合格して、唐の朝廷から認めれ、高い地位をもらった阿倍仲麻呂と、仏教の勉強のために中国にいった空海がそれである。

 阿倍仲麻呂は詩人として名高い李白(りはく)などと仲が良く、仲麻呂が帰国したあとも「仲麻呂が死んだ」との間違った情報が流れたとき、李白は追悼の詩を詠んでいる。

 同じ役人でも庶民に近い生活を送っていた李白たちと仲良くしていたのであれば、中国の街で、ともにラーメンをすする機会があってもおかしくはない。

 一方の空海は天才肌であると同時に行動力にもあふれた人で、2017年制作の日中合作映画『空海 美しき王妃の謎』には、これまた詩人として名高い白居易(はくきょい)と飲食店の席につき、ラーメンと思しき料理を前に語り合うシーンがある。

 このふたりに親交があったとする根拠はないが、空海ほど行動力あふれる人であれば、庶民がよく口にしているラーメンがどんなものか、自分の舌で確認しようと、単独でも行動を起こしたのではなかろうか。阿倍仲麻呂と空海のふたりは、ラーメンを口にしていた可能性が極めて高い。

【結論】記録上では「徳川光圀」が日本人で初めてラーメンを食べた人

https://www.rekishijin.com/30005