2月16日、プーチン大統領の最大の政敵である反政権派指導者、ナワリヌイ氏が北極圏の刑務所で死亡した。筑波大学名誉教授の中村逸郎さんは「ロシア国民の多くが貧困と長引く戦争に強い不満を持っている。ナワリヌイ氏の死をきかっけに大規模な反政府運動が起きる可能性がある」という――。

2024年3月5日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ロシアのスタブロポリ州ソルネクノドルスクで農業団地の代表者と会見した。 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト
反プーチンの活動家はなぜ死んだのか
ロシアでプーチン政権を批判する急先鋒の活動家アレクセーイ・ナヴァーリヌィー氏が今年2月16日、死亡した。収監されていたシベリア極北の刑務所での悲劇だった。この3年間、刑務所を転々と移動させられており、挙げ句の果てに今年1月、ロシア北極圏ヤマロ・ネネツ自治管区にある刑務所に送り込まれた。かれの体調や身の危険を心配する声が、半年前からロシア国内の支援団体や欧米諸国であがっていた。

死因をめぐってさまざまな臆測が飛び交っているが、ロシア政府系のメディアは刑務所の周辺を散歩しているときに意識を失って死亡したと報じている。血栓が死因だという。だが、前日に元気そうな表情を浮かべていたという話が出ている。

現在、ロシア諜報機関の関与が疑われるジャーナリストや野党活動家の毒殺や銃殺が、頻発している。じつはナヴァーリヌィー氏の悲報の直前、元ロシア兵マクシーム・クズミノーフ氏がスペインで銃殺された。身体には、12発の銃弾による傷が確認されている。

昨年8月にロシア軍のヘリコプターでウクライナへ亡命し、そのあとにスペインに入国した。恋人をスペインに呼び寄せた奇妙なタイミングで亡くなっており、幸せの絶頂から地獄に突き落とす残忍な手法だ。

ロシア対外諜報庁のナルイシキン長官はロシア国営タス通信に、「裏切り者の犯罪者が道徳的な死体となった」と報復を強く示唆した。

「裏切り者は地球の裏側に逃げてもトドメを刺す」
プーチン氏はかつて、裏切り者は地球の裏側に逃げてもトドメを刺すと豪語していた。かれが裏切りを容赦しないのは、ソ連時代にスパイとして活動していたことが大きい。スパイは絶えず相手に警戒心を抱きながらも、少しずつ信頼度を高めていく。そうした長年の付き合いで培った信頼関係を裏切るのを、プーチン氏は決して許さない。

わたしは、ナヴァーリヌィー氏は凍死させられたのではないかと疑っている。死亡当日の現地の気温は、零下30度ほどの酷寒。わたしは刑務所のある村を、ちょうど10年前の1月中旬に立ち寄った。気温は零下45度で、体温との温度差は70度以上に達し、まともに呼吸すらできなかった。

ナヴァーリヌィー氏は2021年1月に刑務所に収監されて以降、規律を破るなどの反則行為を理由に刑務所から懲罰房に押し込まれることがあった。その回数はわかっているだけでも27回、収容期間は300日におよんだ。ロシアの懲罰房はふつう、縦3メートルと横2.5メートル、四畳半ほどと狭く、室内には小さな窓、トイレと流し台、机が設置されているだけだ。

わたしの推測なのだが、収監されていた刑務所から少し離れた懲罰房に歩いて移動するさいに反抗的な態度をとったナヴァーリヌィー氏を、刑務官が顔、または胸を殴った。激痛で倒れ、動けないナヴァーリヌィー氏を2時間ほど屋外に放置し、体内の血液が凍ったのかもしれない。

そもそも極北の刑務所に収監すること自体、わたしは死刑に等しいと思う。

つづき
https://president.jp/articles/-/79383