○「従軍慰安婦」問題が生まれた過程

 「従軍慰安婦問題」の端緒は、吉田清治という日本人が1983年に出版した本のなかで「軍の命令で済州島で慰安婦狩りを行った」と告白したことである。
この告白は虚偽であることが後に韓国人記者や日本の研究者によって暴かれたが、韓国ではその本が翻訳されて、「慰安婦強制連行説」が広まってしまった。
そして、韓国政府が政治カードとして用い始めた。

 1991年8月、朝日新聞が、軍隊によって女子挺身隊の名で戦場へ連行されたという金学順なる「元従軍慰安婦」がいると報道した。
「従軍慰安婦」という言葉は、初出は昭和53年刊行の千田夏光の著作「従軍慰安婦」らしいが、この報道以後頻出するようになった。
しかし、その数日後に彼女は「養父に売られた」と語っていたのである。
記事を書いた記者は植村隆といい、後に賠償謝罪要求訴訟を起こした原告組織の韓国人常務理事の娘婿であった。
その頃、朝日新聞は吉田清治の本の宣伝も行っている。