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2021/10/22 23:27


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議員生活を振り返る自民党の鴨下一郎元環境相=19日午後、東京都足立区(奥原慎平撮影)

70歳を超えれば、衆院選に出馬しないと決めていました。十分なパフォーマンスができなくなる恐れがあったからです。新型コロナウイルス禍は首都一極集中をはじめ、社会システムの弊害を浮き彫りにしました。政治のフェーズ(局面)も変わる前に若い人に譲った方がいいと判断しました。

印象に残る仕事といえば、平成20年に環境相として臨んだ北海道・洞爺湖サミットです。対策は先進国と途上国で取り組む姿勢に差がありますが、2050年までに世界全体の温室効果ガスの排出量を半減させる目標が首脳宣言に盛り込まれました。世界最大の排出国である中国の胡錦濤国家主席(当時)と直接会って調整し、気候変動対策の先鞭をつけられたと思います。

最近では座長を務めた新型コロナワクチンに関する自民党PT(プロジェクトチーム)です。ワクチンを比較的短期間で国民に接種させた例はありません。政府は昨年末時点で大規模会場での接種を検討していましたが、迅速な接種ができるのか不安がありました。

そこで、事務局長の古川俊治参院議員らと話し合い、厚生労働省や日本医師会も議論に巻き込み、職域接種や地域の診療所の活用など複線的に接種を進めるプランを提案しました。政府は提案を反映させ、接種が加速しました。お年寄りにワクチンが早く届き、厚労省の想定より死者を減らすことに貢献できたと思います。

悔いがあるとすれば、事務総長を務めた石破派(水月会)の初代会長、石破茂元幹事長を首相にできなかったことです。平成27年の派閥結成以降、石破氏は2回、総裁選に挑戦しました。支える立場として苦しい時期もありましたが、石破氏が出馬したからこそ自民の多様性を示せたと思っています。(奥原慎平)