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毎日新聞 2022/2/6 19:00(最終更新 2/6 19:00) 有料記事 4458文字




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技術の粋を集めた米原子力潜水艦「オハイオ」の操舵(そうだ)室=米海軍提供

 クリスマスまであと数日と迫った2020年12月下旬、米連邦捜査局(FBI)が海外に置いた支局に奇妙な「贈り物」が届いた。8カ月前に米国で投函(とうかん)されたが、各地を転々として迷い込んだ。FBI宛てではないが開封すると「下手な言葉で申し訳ない。これを貴国の情報担当者に渡してほしい」と現地語で書かれたメッセージ。さらに、米国が「クラウンジュエル(王冠の宝石)」と呼ぶ原子力潜水艦の極秘資料も出てきた。敵の手に渡れば致命傷になりかねない。「贈り物」をめぐる攻防を米司法省の公表資料をもとに再現した。【専門編集委員・会川晴之】

「貴国の建物の屋上に目印を」
 「米政府の機密文書に間違いない」。米海軍からの報告を得てFBIはおとり捜査に乗り出す。手始めに「アリス」と名乗る差出人に「だいぶ月日がたったが、この申し出はまだ生きているか?」と相手国を装い暗号付きのメールを送った。年が明け、6週間後の21年2月上旬に返信が届く。数度のやり取りを経て、FBIは資料と交換に報酬を渡す会合を申し出る。だが、アリスはこれを拒否した。「対面での会合は危険すぎる。あなたの利益のために、私の人生を危険にさらしていることを忘れないで」

 アリスは「贈り物」の交換は、電子取引でしたいと提案してきた。指定口座に仮想通貨(暗号資産)で報酬を振り込んでくれれば、クラウド空間に置く極秘資料にアクセスする「カギ」を送ると。暗号資産は捜査の手が及びやすい「ビットコイン」ではなく、最も匿名性が高く、国際テロ組織「アルカイダ」などが資金のやり取りに使う「モネロ」を指定してきた。

 要求に従えば、アリスの特定や逮捕は難しい。FBIは、双方が直接会うことなく資料と報酬を特定の場所に置き交換する「デッドドロップ」という手法を提案した。昔からスパイが使う手法だ。

 用心深いアリスだが、意外にもこれを受け入れる。ただ、厳しい条件を付けてきた。「メモリアルデー(5月最終週の月曜日)休暇にワシントンに行く。その際、貴国の建物の屋上に外からでも見える目印を置け」

 アリスは、取引相手が小包を送った相手国であると証明するよう求めた。FBIは要求通り、5月29日朝から30日晩までの間、この「目印」を置く。それを確認して安心したのか、アリスは31日に「最初の交換場所を指定してほしい」と連絡してきた。

 アリスが「贈り物」を送った相手国の名は明らかにされていない。ただ、公表された捜査資料を読むと、この国は英語以外を公用語とし、原潜をすでに保有している国とわかる。その条件を満たす国は、ロシア、中国、フランスの3カ国だけだった。

「王冠の宝石」の攻防
 米原潜の機密情報を他国に売りさばこうとする「アリス」と名乗る人物と、摘発を目指すFBIの攻防は6月、ヤマ場を迎える。

 アリスとの「初接触」を目指すFBIは10日、「誠意と信頼の印」として1万ドル(約115万円)分の仮想通貨(暗号資産)をアリスに振り込む。ほどなくして受渡期日を26日に決め、場所は首都ワシントンから車で1時間ほどの南部ウェストバージニア州東部に設定した。

 その日、アリスは愛車のミニクーパーを…

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