文部科学省が29日公表した高校教科書の検定結果では、戦前、戦中の日本による周辺諸国への加害をめぐり、国の見解に沿う内容が鮮明になった。検定基準が近現代史で政府見解がある場合はそれに基づく記述を求めるためだが、「従軍慰安婦」の用語などに関する昨年4月の閣議決定が拍車をかけた。学校現場には「特定の見解の押し付けだ」と、教育の多様性が損なわれることを心配する声もある。(小松田健一)

従軍慰安婦と強制連行をめぐる閣議決定 政府は昨年4月27日、日本維新の会の馬場伸幸衆院議員が提出した質問主意書に対し、当時の文献や法令などを根拠に「従軍慰安婦」を「慰安婦」、日本の植民地だった朝鮮半島からの強制連行は「徴用」や「動員」とするのが適切との答弁書を閣議決定、政府の統一見解となった。これを受け、教科書会社8社が同年9〜12月、文科省に対し、既に検定に合格していた高校と中学の教科書計44点で記述の訂正申請を出し、いずれも承認された。

◆修正に追われた出版社
 「政府見解に基づいていない」や「生徒が誤解するおそれのある表現」との検定意見が付いたのは、地理歴史の「日本史探究」「世界史探究」と、公民の「政治・経済」。旧日本軍が関与した「従軍慰安婦」を巡っては、2社計3点の教科書で計3件が修正された。
 日本の植民地だった朝鮮半島から人びとを労働力とするため行った日本本土への「強制連行」にも、6社計11点の教科書に計14件の検定意見が出され、政府見解に基づき「徴用」や「動員」に修正するなどした。
 根拠となった閣議決定は昨年4月27日。検定申請締め切りは同年5月中旬で、各教科書会社とも既に編集を終えていたため、検定意見を受け修正する形となった。
◆政府見解「意識する必要ある」
 各社とも用語の制約がある中で、記述に工夫をこらした。東京書籍は政治・経済で「いわゆる従軍慰安婦」と記載された1993年の「河野談話」を引用。その上で「慰安婦」との用語が適切とする政府見解を併記した。担当者は「政府見解がどうであるかを意識する必要はあるが、言葉狩りのような印象は受けていない」とする。
 日本史探究で「日本軍慰安婦」を「慰安婦」とした実教出版の担当者は「『従軍』は強制性のほか、従軍記者のような自発性の意味も読み取れてしまう。生徒が誤解しないよう、慰安婦と記述するのが適切と判断した」と説明する。
 政府見解の記述は、2014年の検定基準改正で盛り込まれた。文部科学省は「政府見解以外の紹介を一律に禁じておらず、個別の記述を学説や事実関係の知見に基づいて教科用図書検定調査審議会で審議していただく。こんな手順を踏むので『こういう場合はこう修正する』と一般論的に言うのは難しい」とする。
◆「歴史への謙虚さ足りない」「自主規制が進むおそれ」
 学校現場からは批判や疑問の声が上がる。都内私立高校で社会科を教えるベテラン男性教員は昨年の閣議決定などを念頭に「以前よりも『これを必ず書け』という姿勢が強い気がする。負の部分を薄めて教えるのは、歴史への謙虚さが足りない。国定ではないのだから、政治的意図は極力排するべきだ」と話す。
 吉田裕・一橋大名誉教授(日本近現代史)は20年前、中学校社会科教科書を執筆した。昨年の閣議決定を踏まえた訂正申請と、今回の検定結果について「加害に対する記述が弱まったことは問題な上に、歴史的評価を含む用語を閣議決定で政府見解として書き換えさせれば、執筆者は抵抗できない。検定制度の形骸化につながる」と批判する。
 さらに「今後、教科書会社の側が政府の意向に沿って検定申請前に書き直すなど、自主規制が進む心配がある。自国の歴史の暗部に目を向けず、耳に入りやすい話だけが載るようになりかねない」と懸念した。

東京新聞 2022年3月30日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/168575