2023年3月1日(水)18時50分

アンドレアス・ウムランド、ヒューゴ・フォンエッセン(いずれもスウェーデン国際問題研究所研究員)

<平和を維持してきたNPT(核拡散防止条約)が、独立後に核武装と決別し、主権と領土の保全を保障されたはずのウクライナへのロシア軍侵攻により、有名無実になった。これから核武装を目指す国は増えるだろう>

ロシアのウクライナに対する軍事侵攻が世界に、そして人類の未来に及ぼす最も深刻な影響は何か。少なくともその1つは、核拡散防止条約(NPT)の存在意義を根本から否定しかねないことだ。

2014年のソチ冬季五輪後にロシアが力ずくでウクライナ領の一部(クリミア半島など)を奪い取ったことで、核兵器の拡散を防いで世界を守るというNPTのロジックは覆された。

ウクライナにはかつて核兵器があったが、1994年のNPT加入に当たり、全てを手放した。そこへロシアが攻めてきた。これではまるで、NPTは弱小国を無力化し、核武装国の餌食にするための条約に見えてしまう。

実際、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は昨年2月24日の侵攻開始に当たり、自国の核戦力部隊を特別警戒態勢に置いたと宣言している。ロシアの行く手を遮る者には容赦なく核兵器を使うという露骨な脅しだ。

1991年に独立を回復した当時、ウクライナには約1900発の戦略核弾頭と2500発の戦術核があった。いずれも旧ソ連の置き土産で、その数はイギリスとフランス、中国を合わせたよりも多かった。

しかし1986年にチョルノービリ(チェルノブイリ)原発で大惨事を経験していたこともあり、冷戦終結後の世界に満ちていた地政学的楽観主義の空気もあって、ウクライナは核武装と完全に決別する道を選んだ。

もちろん、当時のウクライナ軍がこれらの核兵器を使うことは不可能だった。依然としてモスクワの司令部の管理下にあったからだ。だが、ウクライナには核兵器を扱うのに必要な技術と経験の蓄積があった。核弾頭と爆薬に加え、濃縮ウランやプルトニウムもたっぷりあった。だから、その気になればウクライナは容易に核保有国となり得た。

しかしロシアからの執拗な返還要求があり、幸いにしてアメリカが手を貸してくれたこともあって、ウクライナはわずか数年で核戦力の全てをロシアに移送できた。そしてNPTには、「非核保有国」として参加することになった。




ブダペストの約束は帳消し
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