今年の最低賃金(最賃)の引き上げ額の目安を決める国の議論が大詰めを迎え、26日にも結論が出る可能性がある。政府は全国平均時給を1000円に上げたい意向だが、水準自体が低すぎて目標を達成しても生活が厳しい世帯は多そうだ。主要国に大幅に見劣る状況で、生活ができる水準設定の議論をすべきだとの意見が識者から出ている。(畑間香織)
 最低賃金 企業が支払う時給の下限で、パートやアルバイトら全ての労働者が対象。最賃以上を払わない企業には罰金が科される。厚生労働相の諮問機関である中央最低賃金審議会で労使代表と有識者が議論し、引き上げの目安額を示す。目安に基づいて各都道府県の審議会が議論して各労働局長が金額を決め、毎年10月ごろに改定する。

 神奈川県で事務職のパートとして働くシングルマザー(37)は、時給は県の最賃を29円上回る1100円だ。1日6〜8時間、週5日働くのが理想だが、未就学児の2人の子どもが交互に風邪をひくと長く休まざるを得ない。そうなると家賃や光熱費を払うために週末に他のパートに入り、トリプルワークの月もある。認定NPO法人「キッズドア」(東京)の食料支援などで食費を抑えており、「時給が1300円まで上がれば、副業の仕事を一つ辞められるのに…」とこぼす。
 埼玉県の飲食店で働く大学生の男性(21)の時給は、県の最賃より38円高い1025円。人手が足りずに複数人の仕事を1人で担い「時給が仕事量に見合わない」と感じる。労働組合に入って賃上げを求めても上がらず、「会社は時給を自発的に上げないから最賃が重要」と実感する。
 最賃に近い時給で働く人はかつてパートの主婦らが多く、世帯の収入は正社員の夫が稼ぐために低くても問題ないとされていた。今は非正規で働く割合は4割近く、最賃に近い収入だけで家計を支える人が増えている。非正規は春闘などの賃上げ交渉の恩恵も薄く、最賃頼みの傾向は強い。

 労働政策研究・研修機構によると、1日時点の最賃額は、英仏独が1800円前後、豪州は2000円超(21日の為替レートで円換算)だ。米国は連邦政府の最賃は低めだが、半数以上の州が連邦最賃より高く設定しており、2500円を上回る地域も。円安の影響で日本は韓国よりも低い。
 政府目標の時給1000円だと、1日8時間で月20日間の160時間働いても年収は200万円未満。厚生労働省の昨年調査ではフルタイムの平均給与は月額約31万円あり、160時間で割ると時給は約1900円。つまり1000円は平均賃金の5割強にとどまる水準だ。
 日本総研の山田久客員研究員は「海外の最賃は働いても生活できないワーキングプアをなくして、所得を底上げする社会政策の意味を持つが、日本はそうなっていない。欧州のように平均賃金にどれだけ近づけるかに目標を変える議論もすべきだ」と提言する。
◆引き上げで労使一致も、物価上昇が生む溝
 最低賃金の目安を議論する審議会の小委員会は6月30日から計3回開かれ、引き上げの必要性では労使が一致している。ただ労働者側は物価上昇が働く人の生活を圧迫しているとして大幅な引き上げを求めているのに対し、企業側はエネルギー価格等の価格転嫁が進まない中小零細企業の経営の厳しさも訴えている。
 最賃はコロナ禍の2020年度を除き、16年度からは前年度比3%超の引き上げが続く。岸田文雄首相が「今年は全国平均1000円を達成する議論をしてほしい」と繰り返し発言した。現在の全国平均は961円で、目標に届くには最賃が現行制度となった02年度以降で過去最高となる39円(4.1%)の引き上げが必要になる。
 都道府県別の最賃をみると、現在東京都の1072円が最も高く、最も低い青森や沖縄など10県は853円にとどまる。地域格差の是正も論点の一つになっている。(畑間香織)

東京新聞 2023年7月25日 06時00分
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