米国防総省の元幹部が、自国のサイバー防衛力について「幼稚園レベル」「AI分野において米国はすでに中国に負けている」などと発言し、波紋を呼んでいる。

AIの軍事運用開発を急速に進めている中国とは対照的に、米国はGoogleなど民間企業から十分な協力を得ることができず、AI開発の核であるデータ収集でつまずいている状況だ。米国は「AI分野の世界的リーダー」の地位を、中国に奪還されるのだろうか。

■国防総省元幹部「15〜20年後の中国に対抗できるチャンスはない」

警鐘を鳴らしたのは、米国防総省の初の最高ソフトウェア責任者として内情に精通していたニコラス・チャイラン氏である。同氏が辞任したのは、自国がAI分野で劣勢に追い込まれるという状況に耐えきれなかったからだ。後日、フィナンシャルタイムズ紙の取材でその心境を明かした。

同氏の見解によると、AI分野において中国が米国を完全に追越することは明らかであり、「15年後、20年後の中国に対抗できるチャンスはない」「人工知能、機械学習、サイバー機能の進歩により、中国は世界的な支配者となる」という。また、「一部の政府機関のサイバー防衛力は幼稚園レベルだ」などと、自国のAI開発の遅れを酷評した。

同様の懸念は、多方面で広がっている。米国家安全保障委員会は2021年1月、「中国が今後10年以内に、世界のAI超大国として米国を凌駕する可能性がある」と指摘した。10月には米国家防諜安全保障センターが「中国の先端技術への野心は、米国のヘルスケアやその他の重要な分野で優位に立つ可能性がある」と警告を発した。

■ Google協力拒否 立ちはだかる「AI倫理」の壁

軍事の領域において、AI技術は航空兵力や核兵器などと並ぶレベルの軍事革命とされている。各国は競うように、軍事行動の補助から情報分析能力の向上、無人兵器の開発まで、AIを活用した研究開発に巨額の資金と時間を投じている。

米ソフト開発企業Deltekの調査によると、米政府は2018〜2020年にわたりAI研究開発費に12億ドル(約1,355億6,294万円)を投資したという。「同期間中のAI支出全体の37%を防衛が占めていた」という力の入れようだ。

莫大なAI研究開発費に加えて、米国の防衛予算は中国の3倍を上回っている。それにも関わらず、なぜ中国に遅れをとっているのか。ここで「AI倫理」という大きな壁が浮上する。

AIを活用した技術の向上には、民間企業の技術協力やデータ提供が不可欠だ。中国では政府へのデータ提供が各企業に義務付けられているが、米国ではそうはいかない。民主主義国家において民間企業が兵器開発のために協力するという行為は「非倫理的」とみなされ、社会からの評価やブランドイメージを著しく損なうリスクがあるためだ。

実際、Googleは2018年6月、自社のAI技術を武器や不当な監視活動などに使用しないことを定めた『AI運用の7つの原理』を公表した。これは、社会的有益性・不公平なバイアス・安全性確保を念頭に置いた開発と試験・人々への責任説明・自社のプライバシー原則の適用・科学的卓越性の探究・基本理念に沿った利用への技術提供を掲げたものだ。

発端となったのは、米軍のドローンを使用した画像認識にGoogleがAI技術を提供したことに対する、社内外での抗議活動だった。サンダー・ピチャイCEOは今後も軍事関係の人員募集や調査、救済などの分野において政府への協力を続ける意思を明らかにする一方で、「武器としての利用のためにAIを開発しない」と宣言した。

■「AI倫理」がない世界では『ターミネーター』が現実になる?

Googleの例から分かるように、「AI倫理を巡る議論」が米国のAI研究開発の足かせになっているとチャイラン氏は指摘する。

「AI倫理」とは、AIが人類に悪影響を与えることを回避するための規範を指す。たとえば、分析したデータが不当な差別を引き起こしたり、あるいは国家が国民を監視したりする目的で使用されることは、AI倫理に反する行為とされている。

軍事領域においては倫理次第で、AIが人類の平和に貢献するツールにも平和を破壊する殺人マシーンにもなり得る。映画『ターミネーター』では自らの意思をもつロボットと人間の紛争が描かれていたが、倫理をもってAIの用途や規制を明確にしない限り、ターミネーターの世界が現実となる恐れがある。