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オオミズアオ

 今週の土曜日3月5日は啓蟄(けいちつ)。啓蟄とは冬に木の皮の間や落ち葉の下、土の中で眠っていた虫たちが動き出す季節を指す。つまり春の兆しということだ。

 啓蟄の頃になると、本当に畑や庭でテントウムシやアブラムシを見かけるようになる。野菜や花を育てていれば、こうした虫との付き合いは避けられないものだが、虫が苦手という人は少なくない。特に女性で虫好きの仲間に会うことはあまりなく、私がひょいとイモムシをつかんだりすると、「よく触れますね」と後ずさりされる。

 虫の世界ほど面白いものはない。そう思っている私にしても、最初から好きだったわけではない。私が虫を好きになったのは、オオミズアオというガと出合ってからだ。

 ガというと、夜、光に集まる怪しい虫、体が太くて茶色くて、フサフサしていてなんだか気持ち悪い、汚いと思われることが多いのではないだろうか。私もかつてはそうだった。

■透き通るような青緑色の羽を持ったガ

 しかし、オオミズアオに出合ってそのイメージは一変した。オオミズアオは漢字で「大水青」と書く。その名の通り、透き通るような青緑色の羽を持ち、その羽を広げると10センチほどになる大型のガだ。清水をたたえた湖面のようなその姿は優雅で神秘的だが、私がオオミズアオに興味を持ったのはその美しい姿ばかりではない。

 昼間、木陰で羽を休めていたオオミズアオを見つけ、最初はきれいなチョウだと思って図鑑を調べた。

 ガだということが分かって驚いたものの、それ以上に驚いたのはオオミズアオには口がないということだった。

 口がない!? どうやってご飯を食べるのか。いや食べないのだ。幼虫から成虫になると、口という器官がなくなってしまうのだという。オオミズアオに限らず、大型のガは同様に口がないものが多いそうだ。「はらぺこあおむし」という絵本の中に、あおむしが食べ過ぎておなかが痛くなり、シクシク泣くシーンがある。チョウやガの幼虫はそれほどまでにムシャムシャ食べるのに、サナギからかえったら口がないなんて。一体どんな気持ちなんだろう……。ある日、目が覚めて口がなくなっている自分を想像してゾッとした。

 なぜ口がないのか。オオミズアオの成虫の命はわずか1週間ほど。その限られた時間でパートナーを見つけ、子孫を残さなければならない。だから食べてる場合じゃないのだ。それを知って私は衝撃を受けた。汚い、気持ち悪いと思って嫌っていたガたちは、ただひたすら愛に生きる生き物だったのだ! 私が見つけたオオミズアオも、愛を探して飛び疲れ、木陰で束の間の休息をしていたのかもしれない。なんて美しい……。

 が、人間でよかったと安堵する。口がなくなるような進化を歩まなくて本当によかった。さあ、今日はどんなおいしいご飯を食べようかな。

(鶴岡思帆/「ガーデンストーリー」副編集長)

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