ウクライナ情勢をめぐって、日本でも様々な議論が巻き起こっているが、だいぶ構図がはっきりしてきたように思う。

国際的な法規範を重視し、日本の国益もその維持にある、と考える人々がいる。しかし世界の諸問題はアメリカの帝国主義によって引き起こされており、日本はそこから距離を置くべきだ、と考える人々もいる。両者の溝は、根深い。他の様々な場面でも、溝は現れてきた。それがウクライナ情勢をめぐっても、やはり噴出してきているのだ。

幸い、日本政府は、国際社会の維持に日本の国益も重ね合わせる見方をとり、同盟国・友好国と協調する政策をとってきている。ロシアに制裁を科し、ウクライナに支援を提供している。私としては、妥当な方向性だ、と考える。今後もこの方向性で努力をしていくべきだ。

ただし、欧米諸国や日本を中心とする国際的な反ロシア・ウクライナ支援の流れに抗する人々も存在する。伝統的な左翼の中核的な勢力の外周に属するような人々が、左翼的な言説を代わりに主張している。

「降伏」論でダメなら「代理戦争」論?
「ウクライナは降伏するべきだ」、「ジェノサイドからなぜ逃げないのか」といった主張を繰り返している橋下徹氏らだ。かつて橋下氏は、改憲論あるいは自己責任論のスローガンで地方行政における改革派のイメージを作って成功したが、国際問題を語るときには伝統的な憲法学通説の世界観に依拠するしかないことを露呈した。

だがさらに由々しき事態は、日ごろからより左派的な立ち位置をとってきた勢力が、陰謀論に加担し始めていることだ。非武装中立・降伏を唱えて物議を醸す代わりに、こうした勢力が強調しているのは、「ウクライナ人はアメリカ人の代理で、ロシアを貶めるために戦争させられている」という「代理戦争」論である。

日本が欧米諸国と決別し、中国とインドとともに仲裁にあたることが、最も望ましいと主張している「和田春樹会員をはじめとする有志による声明『ウクライナ戦争を1日でも早く止めるために日本政府は何をなすべきか』(2022/3/21)」も、同じような考え方をとっていると言える。

もちろんアメリカにはアメリカの国益があり、それは日本も同じだ。だがだからといってウクライナが戦争の当事者であることを否定してみたり、あたかもゼレンスキーはアメリカに騙されているに過ぎない、といった扱いをしてみたりすることには、眉をひそめざるを得ない。

これらの人々は、ウクライナ人に同情している装いをとっているが、ゼレンスキーの言葉のみならず、ウクライナ人の努力や心情を全否定する矛盾を抱えている。ウクライナも、ウクライナの国益の観点から、ロシアと戦っており、支援を求めている。当然のことだ。諸国は、その説明を聞き、国際秩序の維持という公益ともあわせて、ロシアを非難し、ウクライナを支援している。

さすがに真面目に国際政治や国際法を勉強したことのある人物で、こうしたむき出しの反米主義にかられた「代理戦争」論を口走っている者はいない。しかし日本社会に存在する反米主義に感情的に訴え、世界のあらゆる問題はアメリカの陰謀によって発生しているという安直な思考回路に陥る人々が後を絶たないのは、憂慮すべき事態ではある。

プーチンに踊らされる陰謀論者
プーチン大統領は、ウクライナはロシアの一部だ、といった民族主義的なイデオロギーとともに、アメリカがロシアを追い詰めようとしている、という陰謀論イデオロギーも、繰り返し用いてきている。

その際にプーチン大統領がよく参照するのは、自らも現場での経験を持つコソボ紛争であり、アメリカの単独行動主義が極致に至ったイラク戦争であったりする。いずれも国際法上の合法性が争われた事例であり、特に後者のイラク戦争については、国際法違反行為であったことについて広範な理解がある。私自身も、2002年から03年にかけた米国における在外研究中には、イラク戦争に反対するデモに参加したりしていた。

しかし今回のプーチンのウクライナ侵略行動は、その明白で深刻な国際法違反の度合いにおいて、メガトン級である。いかなる過去の事例も、今回のプーチン大統領の行動を正当化できないし、言い訳にすら使えない。実際、開戦理由や開戦後の蛮行について、ロシア政府は正面から説明することができず、全く支離滅裂な責任逃れの態度しかとれていない。

それにもかかわらず、常に一番悪いのはアメリカだ、と言い続けるのは、ウクライナの人々にあまりに失礼だろう。これまでプーチンが苛烈な軍事行動をとってきたチェチェン、ジョージア、シリア、あるいは軍事会社ワグネルが暗躍している中央アフリカ共和国やマリなどのアフリカ諸国の人々に対しても、同じように失礼である。