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1927年に発行された「中国国恥地図」。アジアの広い範囲を囲む青い線は「かつての国境」と説明されている(ウィリアム・キャラハン氏提供)

 中国には「国恥地図」と呼ばれる古地図が残っている。列強の半植民地支配を受けていた1世紀ほど前に中国各地で作られた。激烈な名前が示す通り、侵略で失われた土地を強調し、人々の義憤と愛国の情を呼び起こすためのものだった。そこに「かつての国境」として描かれている線は、いまの中華人民共和国のほぼ倍の面積を囲っている。地図が示す、広大なアジアに広がる範囲は、中国の人々が考えていた「あるべき祖国の姿」だったといえる。

 2月、ウクライナ侵攻という暴挙に出たロシアのプーチン大統領は「ウクライナは我々の歴史の一部である」と語り、暴挙を正当化しようとした。その言葉ににじむのは、ロシアが巨大な版図と影響力を誇った帝政時代へのこだわりだ。近代化やソ連崩壊の過程で失った土地や威厳を取り戻そうとするプーチン氏のロシア。その根っこに、台湾や南シナ海をめぐる中国の主張につながる何かを感じとった人は少なくないだろう。

 シンガポールの国父と呼ばれた故リー・クワンユー氏は、「彼らの思考の中心にあるのは、彼らが植民地化され、搾取と屈辱を受ける以前の世界である」と、過酷な近代史が中国の指導者たちに及ぼす影響を看破していた。

 国内で絶大な権力を固め、「中華民族の偉大な復興」を唱える習近平(シーチンピン)国家主席の発言には、とりわけ歴史への強いこだわりがにじむことがある。たとえば、台湾を割譲した日清戦争から120年後の2014年、台湾から国民党の連戦・名誉主席を招いた時、習氏は「我々の国力が薄弱だったために台湾を外族に侵略されるに至った。これは中華民族の歴史でこれ以上ない痛恨の1ページだ」と語り、政権の悲願である中台統一への強い思いを伝えた。

 今秋の共産党大会を経て異例の長期政権を視野に入れる習氏は、歴史の屈辱をそそぎ、彼らが考える「あるべき中国の姿」を取り戻すことへの意欲を隠さない。超大国の目指すその試みは、欧米の覇権の下で築かれてきた国際秩序を大きく揺さぶり始めている。(北京=林望)

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