初老の男性は海を見つめていた。

背中を丸め、そっとタバコに火をつける。船から大きなかごをせっせと運ぶ漁師たちを背に、ふうっと煙を吐き出した。

土産屋、民宿、カフェ……。一部の同業他社も観光船の運航を再開し、周囲には観光客の姿もちらほらあった。

日常に戻りつつある光景。男性の表情はどこか悲しげだった。そして、あれから「時」が止まっているように見えた。

自分は行方不明者の家族です

6月2日午後、北海道・知床のウトロ漁港。

私は、観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」の沈没事故に関する取材で訪れていた。

取材の目的は事故そのものではなく、「メディアスクラム」だった。

事件・事故の発生直後、遺族や関係者のもとにメディアが押し寄せて行き過ぎた取材をし、心理的な苦痛を強いたり、平穏な生活を妨害したりしてしまうことをいう。「集団的過熱取材」とも呼ばれる。

沈没事故の発生直後、現場で取材していた新聞記者の知人にこんなことを聞いた。

「今回もひどかった。仕事というのはわかっているけど、いつも同じことを繰り返している。自分が嫌になる」

私は5月31日に現地入りし、6月2日まで証言を集めた。男性と出会ったのは、その最終日だった。

「突然すいません。事故当時のマスコミの取材を検証しようと思っています。お話を聞いてもよろしいですか?」

男性は手を横に振りながら「違うんで」と立ち去った。しかし、十数メートルほど歩いたところで突然足を止め、引き返してきた。

私が軽く会釈をすると、こんな話をしてきた。

「どうしようかと思ったんだけどね。マスコミの取材方法については言いたいことがありますよ。あまり言いたくないが、自分は行方不明者の家族です」

「テレビや新聞は、なんでこういう取材ができるのか」

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時事通信
乗客の家族向け説明会に出席後、報道陣の質問に答える斜里町の馬場隆町長(中央)

前日、網走港に陸揚げされたカズワンが遺族や行方不明者の家族に公開されていた。

「家族が乗っていたとみられるその船を目に焼き付けたい」。そのような思いで知床を再び訪れていたという。

マスコミは網走市に集まっているのか、この日はウトロ漁港に記者らしき姿はなかった。

男性は自らの名前を明かし、せきを切ったように話し始めた。

「事故直後に家族や友人の家にマスコミが殺到したんですよ。『(被害者の)写真はありますか?』『どんな人でしたか?』。心無い言葉だ」

「被害者の取材を控えるように行政から呼びかけがあったでしょう。でも、それを無視する記者が多かった。そういう社には今後も取材には応じない」

「亡くなった3歳の女の子のおじいちゃんが、マスコミの前で取材方法について怒ったんですよ。それを何社が報じましたか?都合が悪いことは報じないのかね」

亡くなった女児(3)の祖父は報道陣に対し、「どうかそっとしておいてほしい。私たちは犯罪者ではない。報道のモラルが非常に残念だ」と強い口調で批判していた。(中日新聞、5月1日付)

そして、男性はこう語った。

「みんな、悲しみのどん底にいるんですよ。そんな人たちを事故直後に押しかけたり、『写真がほしい』と言ったりね、テレビや新聞の人は、なんでこういう取材ができるのか」

つづき
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