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安倍晋三元首相の国葬で追悼の辞を述べる菅義偉前首相(AFP=時事)

 臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、気になったニュースや著名人をピックアップ。心理士の視点から、今起きている出来事の背景や人々の心理状態を分析する。今回は、出勤停止処分となったテレビ朝日・玉川徹氏が、国葬についての事実に基づかない”電通発言”をした背景について。

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 5日、テレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」冒頭、MCを務める羽鳥アナが硬い表情で、コメンテーターの玉川徹氏の10日間の出勤停止処分と放送10回分の出演禁止について説明し、「大変申し訳ありませんでした」と謝罪した。玉川氏が4日、出勤停止の謹慎処分を受けたのは、事実に基づかない発言をして、番組や会社の信用を傷つけた、損害を与えたためだという。

 9月28日の同番組で、玉川氏は、菅義偉前首相が安倍晋三元首相の国葬で読んだ弔辞を、国葬の政治的意図と指摘した。そして「僕は演出側の人間としてテレビのディレクターをやってきましたら、それはそういうふうに作りますよ。政治的意図がにおわないように、製作者としては考えますよ。当然これ、電通が入ってますからね」と、さも当然という顔で発言していた。それは、いつもの玉川氏の表情だった。

 この発言を聞き、そういうこともあるかと思った人もいただろう。

 国葬は国家的にも大きなイベントだ。大手広告代理店が関与していてもおかしくないと。だが翌日、玉川氏は国葬に電通が関与していると言うコメントは「事実ではありませんでした」と発言を訂正し、謝罪した。

 玉川氏がそう疑いたくなった気持ちもわからないではなかった。菅前首相の弔辞が、これまでの菅氏らしからぬほど、あまりに人々の心を打つものだったからだ。あるコメンテーターなどは、今まで聞いた菅氏のスピーチの中で、これが一番心に響いたと述べていた。他にも、こんな素晴らしいスピーチができるなら、なぜ在任中にそれをしなかったのかという声さえあったほどだ。こんな弔辞を菅氏本人が考えるなど、読み上げるなどありえない、という思い込みがあったのではないだろうか。

 個人的にはスピーチライターがついていたのだろうと思った。安倍元首相にも長年に渡りスピーチライターたちがついていた。首相時代の菅氏にもスピーチライターはいただろうが、振り返って人々の記憶に残るようなスピーチがあったかと考えると、スピーチライターが書いたのでは?という推測は、違うと感じたのかもしれない。

 とすれば、誰がこれを書いたのか? なぞ解きをする過程で”それはそういうふうに作る”という自分の経験も相まって、電通ならそれもあり得ると結論づけたのだろう。そこにあったのは「信念バイアス」だ。信念というのは、いささか言い過ぎた表現だが、要は結論がもっともらしいと、そこに至るまでの前提やロジックも正しいと思いがちだということだ。この弔辞を菅氏が書いたとは直観的に信じられず、他の誰かが政治的意図をにおわせないように書いたと結論づけ、そう推理したのだろう。

 テレビ朝日の定例社長会見で、篠塚浩社長は玉川氏が誤認した経緯を「憶測によるさまざまな情報を入手して、誤解をしてしまった」と説明した。結論ありきで集めた情報は、自分にとって都合がいいように、結論に沿うように取捨選択されやすい。

 玉川氏が「誤解」したのは、内容もさることながら、弔辞での菅氏の語り口が誰よりも人々の心に響いたことも関係していると思う。以前、このコラムでも首相時代の菅氏の発言について書いたが、淡々とした口調にはメリハリがなく、訥々としているが感情が伝わりにくかった。冷静で落ち着いた泰然とした構えはアピール性が低く、人の目を惹きつけない。首相として、人々の心に訴えかけるような強いメッセージ力が菅氏にはなかった。だが逆に考えれば菅氏の語りかけ方は、葬儀という場に最もふさわしかったと思う。多くに人の心に訴えかけ、誰かの心を動かすより、故人に語りかけ、話しかけるものが弔辞だと思うからだ。

 国葬であり、弔問外交とよばれた行事である。そこに政治的意図があるのは当然だろう。しかし、故人を悼む気持ちに、このような形で水を差すようなことはすべきではなかった。羽鳥アナは玉川氏が復帰する時、「改めて説明し、謝罪するべき」と述べたが、さて玉川氏は復帰後の発言を”そういうふうに作る”のだろうか。

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