4/17(月) 9:06   日刊ゲンダイデジタル
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【注目の人 直撃インタビュー】

大西寿男(校正者)

 言葉は書いた瞬間、口から出た瞬間、独り歩きする──。その言葉たちをすくい上げ、ケアをする校正者は、時に「言葉の守り手」とも称される。書き手が紡いだ言葉を一言一句チェックする作業では、黒子として主体的な言葉を差し挟んではいけないと思われがちだが、むしろ書き手と世の中の架け橋として、しっかりとした思いを持っていなければいけないという。多くの芥川賞作家の作品に携わった言葉のプロフェッショナルに、これまでとこれからの言葉に対するその思いを聞いた。

なぜ校閲の仕事を選んだのですか? 毎日新聞校閲センターに聞いた

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 ──テレビ番組や書籍、SNSなどで校正にスポットが当てられるようになりました。背景には何があると思いますか。校正を取り巻く環境は変わりましたか。

 三浦しをんさんの著書「舟を編む」(2011年)で辞書編集にスポットが当てられたことが大きかったと思います。一方で言葉の暴力に対する問題意識が高まる中、正しい言葉のあり方、言葉を見つめ直したいという機運があったのではないかと感じています。仕事の環境としては、本が売れない時代なので初版を売り切ったら出版社は万々歳。少しの利益を原資にいくつも本を作っているので自転車操業のような状態になっています。また、編集者が1人で同時に何冊も抱えないといけないので、進行管理だけで手いっぱいになっている状況です。以前なら編集者がチェックしていた誤字脱字や表記の統一、文章のブラッシュアップなどが手薄になり、校正者にその分の仕事がまわってくる上に、高度なファクトチェックも求められる。作業量は増え、1冊にかけられる時間がとても短くなっています。

■漢字や漢語の素養が失われる不安

 ──芥川賞作家の金原ひとみさんや宇佐見りんさんをはじめ、その時代を代表するような多くの作家の作品に携わってきたからこそ、言葉の移り変わりを目の当たりにしてきたのでは?

 最前線で書いている作家の方々はやはり凄いので、言葉に対する危機感というものは特にありません。日常の言葉の意味や使われ方は、もちろん時代によって変わってきていて、日本語の乱れを危惧する方も多いですが、まったく新しい表現に触れると、こういう作家が出てきたのかという驚きの方が大きいです。そういう意味では心配していないですし、これからも言葉はそうやって変化しつつ、受け入れられていくんだと思っています。一方で、漢字や漢語に対する感覚や素養が急速に失われているようにも感じます。飛鳥・奈良時代から漢詩、漢文を読んで書けることが官僚や学者、男社会の必須の教養で、江戸時代に寺子屋で学ぶのも「論語」だったり。歴史的に見て最近まで漢字や漢語は大きな権威を持っていたんです。

 ──それは単に難しい漢字や熟語を使えばいいという話ではないと。

 日本語の表現世界から、「漢字が使えたら偉い」という権威主義、教養主義が崩れてきていると感じます。逆に今はカタカナ語を使うことが賢そうでトレンドみたいな風潮もありますよね。また、常用漢字が増えたのは、デジタル社会になり、書けることよりも読めることに重きを置くようになったからです。アウトプットよりインプット重視に世の中が変わりつつあるということなんだと思います。

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