人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

ニンジンを木っ端微塵
 あなたは、ニンジンを手で握りつぶすことができるだろうか。

 できる、という人はいるかもしれないが、極めて少数だろう。手どころか、道具を使ってもなおニンジンをつぶすのは容易ではない。

 今あなたの身の回りにあるものを眺めてみよう。スマホ、ペン、コップ、パソコン。おそらく、それなりに「硬いもの」が複数あなたの視野に入ったであろうが、そのどれを使ってもニンジンをつぶすのは難しいはずだ。

 だが実は、あなたの体にはニンジンをいとも簡単に、それも木っ端微塵にできる機能が備わっている。歯である。

 ニンジンをひとかじりし、口の中に放り込み、何度か咀嚼するだけでニンジンはあっという間に粉々になる。一本まるごと粉々にせよ、といわれても、そう難しいことではない。

 味が許容できるかどうかはさておき、健康な歯さえ備わっていれば、ものの数十秒で誰もがニンジンを粉々にできる。凄まじい機能である。

とてつもなく硬い
 歯の表面のエナメル質は、人体でもっとも硬い部分である。硬さを表す指標に「モース硬度」があるが、この指標によるとエナメル質は五~八であり、鉄(四)より硬い(1・2)。

 エナメル質の下にあるセメント質や象牙質の硬度も、ガラスと同程度に硬い。とにかく歯は、とてつもなく硬いのだ。

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イラスト:竹田嘉文

 そう考えれば、私たちが「食べ物を噛み砕いて消化しやすい形態に変える」という大切な作業を行う上で、歯がいかに便利なツールかを実感できるだろう。歯の危険性歯の「硬さ」は、ある意味で「凶暴さ」の裏返しである。歯を使えば、体の他のどの部位を使うよりも容易に、誰かを傷つけられるからだ。

 医療現場では動物に咬まれた傷を診療する機会が多く、この外傷を「動物咬傷」と呼ぶ。特に遭遇する頻度の高い三種の動物が、イヌ、ネコ、ヒトである。

 ペットとして身近なイヌやネコに咬まれるケースが多いのは当然として、「ヒト」に咬まれるケースも少なくない。

 実は医師や看護師は、「ヒト咬傷」の被害に遭うことが多い職種だ。せん妄状態の患者や、認知症の患者に医療スタッフが咬まれた、といった事例は非常によくあるからだ。また、誰かの顔を殴った際に、相手の歯に握りこぶしが当たると、手の甲に傷ができることがある。これもヒト咬傷の一種だ。

つづき
https://diamond.jp/articles/-/329097