中国語の看板がずらりと並び、行き交う人々からは中国語が聞こえてくる。中国食材や羊の串焼きの店が並び、まるで中国に紛れ込んだような気分になる。

 ここはソウルの中心部から電車で25分ほどの地下鉄9号線「大林駅」にある有名なチャイナタウンだ。それほど広くはないが、韓国にある他の“中国風”のチャイナタウンとはまるきり雰囲気が違う。ハングルがかき消されるほど中国語が飛び交い、中国の人々の暮らしの息遣いが町並みからも伝わってくる。というのも、ここ大林洞は、韓国で「朝鮮族」と呼ばれる人々にとって古巣のような街だからだ。

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大林洞の様子 ハングル文字と漢字が入り混じっている

「朝鮮族」とは、朝鮮半島にルーツを持つ中国籍の人々を言い、かつて日本の植民地時代に満州へ送られたり、朝鮮戦争時に韓国を離れて中国へ移住した歴史を持つ。

 ここ数年、韓国では反中感情が膨らんでいるが、それ以前から中国の生活文化を韓国に持ち込む朝鮮族への視線は冷たかった。大林洞やお隣の加里峰洞は「怖い地域」というイメージを持たれ、今回もタクシーで行き先を「大林洞」と告げると、「えっ、何しに行くの? 治安が悪いから気をつけて」と言われたほどだ。

韓国で差別の対象になっている朝鮮族
 ネットでは10年以上前に起きた殺人事件の犯人が朝鮮族だったことが今でも度々言及され、最近では加里峰洞で朝鮮族と中国人の暴力団が街にあるカラオケ店を脅したという事件もあった。この7月にソウル市内で起きた通り魔殺人事件の際など、犯人は韓国人だと発表されたにもかかわらず、「あんな犯行をするのは韓国の遺伝子ではない」、「犯人は帰化した朝鮮族ではないか」という書き込みがネットに踊った。

 映画やドラマなどでも朝鮮族は暴力団だったり犯罪集団だったりすることが多く、昔はコメディ番組でも中国語訛りの詐欺集団がコントになるなど、差別の対象になっているのが現実だ。

 韓国と中国の国交が樹立したのは1992年。当初はビザ取得の条件が厳しく、2000年代初めまでは韓国に居住する朝鮮族と中国人を合わせて3万人ほどしかいなかった。それが2000年代に入り法律が改正され、ビザ取得のハードルが下がると、働き口を求めて一気に韓国に渡る朝鮮族が増えた。

 大林洞で中国料理店を営む人に韓国に来た経緯を尋ねると、「1988年のソウルオリンピックの時に、中国では韓国の発展ぶりが話題になりました。特に韓国にルーツがあるわたしたちは望郷の念もあったし、コリアンドリームを夢見る人が多かったです」と話していた。

 韓国にやって来た朝鮮族がまず集まったのは、大林洞の隣の加里峰洞だ。働き場所となる工場が多く、家賃も安いためだった。加里峰洞の再開発に伴って人々が大林洞に移動し、今の姿に至っている。

 当初は中国にいる家族に送金するケースも多かったが、次第に家族を呼び寄せる人も増え、今では韓国に住む朝鮮族は52万人、帰化した人も含めると約80万人に上る。韓国で生活する外国人は213万人いるが、中国人と朝鮮族を合わせるとおよそ40%を占めることになる。

与党の代表が「中国人は健康保険にただ乗りをしている」と主張
 朝鮮族や在韓中国人に認められている参政権も、保守層を中心に問題視する声が上がっていた。6月には、与党「国民の力」の金起炫代表が国会演説で、主要な項目の1つとして彼らの参政権を制限する可能性に言及し、波紋を呼んだ。

 表向きの理由は「中国に住む韓国人には参政権が認められないので韓国でも同じようにする」という相互主義だが、「朝鮮族の多くは親中・親北なので野党寄りの人が多い。保守層は、投票権を持つ10万人の朝鮮族の票が野党へ流れることを嫌っている」(中道系新聞の記者)と言う。