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「乗りこえていかないといけない」

 しかし3月の世界選手権までに練習での成功はならず、その渇望をぶつけたのは、4月の国別対抗戦のときだ。エキシビション前の公式練習で、12度のアクセルを跳んだ。回転の感触が良くなってくると「それでいいんだよ」とつぶやく。

「やっと氷をつかんで高さが出せ始めたと思いました」

 一方で「高くなると完全に身体が拒絶反応を起こすので、高さと回ることの両立がかなり難しいです」と、高く跳べば成功するという単純なものでもない苦労も語った。

「これからシーズンオフに練習していくなかで、『ああ4回転アクセル跳べないな』という絶望感を味わったときにどうやって乗りこえていくか。今までの知識や経験を生かしながら乗りこえていかないといけない」

 今季の初戦は11月のNHK杯。12月の全日本選手権をへて、2月には北京五輪を迎える。今までどおりの美しくパーフェクトな演技を目指せば3つ目の金を手にできることは、彼は分かっている。だからこそ未知の道を選ぶ。王者よりも開拓者に。それこそが最高の冒険であり、彼が生きることそのものなのだ。

野口 美惠/ノンフィクション出版