<ザム婆 4/4>

ヒロアカ:アニアカ6期はヴィランが主役、ということで此処で振り返って、「なぜ轟燈矢は『荼毘』と改名したのか?」改めて解説してみたいと思います。
勿論個人の妄想と断じて貰って結構です。
まず読者が見落としてはならない重要ポイントとして、燈矢が改名したのは彼が家族(三男)に居場所を奪われ、泣く泣く出奔する為の改名→この解釈はNG。
正しい読解は燈矢が自分の意志で家族を捨てた(自身の生存を明かさず出奔)です。
居場所を奪われた、という解釈だと単なる被害妄想。作品の誤誘導に引っ掛かるだけです。
瀬古杜岳以前の燈矢は両親の諫言を聞かず自分の思い通りにしようと我を通す結果、轟家を地獄にしてしまった。
一部読者は未だに父炎司が家庭の諸悪と罵詈雑言してますが、これはNG解釈。
燈矢の個性不全は本人は勿論、誰の責任でもありません。
最優先すべきは危険個性からの生命の保全であり父親の判断→燈矢に個性利用を諦めさせる為の種々の行動は虐待行為、発言ではありません。
家庭内に夫婦不和や親子弟妹相克を引き起こしていたのは燈矢の方です。親の諫言に耳を傾けていれば本来回避可能でした。
しかしそれが出来ないのもまた轟燈矢足る所以。結果、父炎司が危惧した通り、燈矢は自らの行いで失火焼失する。これが瀬古杜岳前の出来事、
では瀬古杜岳後、何が起こったのか?
昏睡から目覚めて一番、燈矢がしたのは父親以外の家族に対して自らの行いを反省発言、でした。家庭を地獄化した張本人と自覚しています。
でも父炎司に対してだけは反省の弁はなく、憑りつかれたような眼差しで父親が今も己を特別な息子と扱ってくれる、そう信じている描写。
なぜ、父親に対してだけは彼は考えを改められないのか?というと、これは父炎司と長男燈矢の間だけに通ずる炎個性発動に纏わる「共依存関係」
だからなのです。簡便に言うと彼らはお互いの存在が自身の発火発動の起源、火元となっているからなのです。ここは作品を読めば判ることなので割愛。
しかし燈矢の望みは理想の完成・三男焦凍の成長した姿によって打ち砕かれる。此処で最初に述べた「家庭を捨てたのは燈矢」に話を戻す。
家族が恋しいのであれば反省して家に戻る、それが出来る筈です。
でもそれ以上に度し難い事情が燈矢に起きた。父親との共依存関係が弟の成長によって脅かされ、弱体化が拍車を掛け、燈矢はそれを優先する為に家族を捨てた。
でもこれだと別に改名の必要はない。近づかない、遠く出奔で十分でしょう。なぜ改名するのか→生前家庭を苦しめ地獄にした反省の意、それもあるでしょう、
でも最大の理由は9歳の時殺意を向けた三男焦凍を殺さないという決意表明、そう思います。
轟燈矢でいたら、轟家に留まっていたら父親との共依存絆を断ち切ってしまう三男焦凍の存在をまた妬み殺してしまいたくなる、これは正にどうしようもない、
燈矢の中の「過去は消えない」案件です。
ゼロ・グランド対決で兄弟和解したんじゃないの?そう希望的に見る読者も多いでしょうが、正直三男燈矢と荼毘が対決対話した所で何の発展性もありません。
せいぜい課金ゲーや商業物販向けの易い対決煽りシチュ以外の効用はない。荼毘に対応するキャラは父炎司以外はあり得ません。
以上、荼毘改名は三男焦凍を殺さない(轟家への不干渉)という燈矢の意志表明という解説