きんちく
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ようつべでマイナーなアーティストの作業用BGMが上がってくる。これから増えるのだろうか。 ナルシシストなのに、ナルシストと書くのは界隈からとてつもなく馬鹿だと笑われるんだろう。 先日の煽りには構わなければ良かったんだが、なんとなく経験にはなった。
自分にはまだ根がしっかり張っていないんだ。根とはなんだと思うだろう。 こだわりや価値観も後天的なものだ。
それらを捨てて、ありのままの物事を見る。
「こうでなければならない」という考えが考えに縛られてしまうんだ。 どんな人の心でも、生まれたときは何もなかった。
それが知識や経験を積んて行くことでこだわりや価値観に縛られてしまう。
よりどころにはなることはあるかもしれない。 良い判断とか、悪い判断とか、誰が決めるんだと決めつけるのではなく、
いっそそんな考えは捨ててしまい、自分の思うがままに生きよというのが、
禅の教えなのだろうか。 灰頭土面でも前を向いて生きる。
これが丸善拓人と怪盗団の違いか。 生きることに傷みはつきもの。
それでも前に進むしかないのか、
怪盗団よ。 僕はトラウマは克服できてないけど、
傷みも恐いしできるだけ味わいたくない。
落ち込むこともあるし逃げることもある。
だけどそれは不正解だってことじゃない。
不正解だって誰が決めたんだ? しかしマルキのテーマはいいね。
ずっと流すのは違うけど、ランダム再生でふと流れると、
ちょっと心が身軽になれる。 最近は公式がBGMをようつべにアップロードをするようになった。
金は動いているんだろうが、こうやって聴きやすくさせてくれるのは
ありがたい。 ロイヤルは買ったんだけど結局ネタバレを見てしまった。
もうパレスとパラメーターが面倒で飽きてしまう。
ふとようつべでコープのネタバレがちょっと前まで上がってたので、
丸喜と政治家と惣治郎と岩井あたりは一気に見てしまった。 しかしこれらは見すぎは良くないと思った。
主人公の判断の選択肢に正解があるからだ。
これが自分の思考を脆くさせる可能性が生まれてしまう。 なんとなく良かったのは、丸喜と惣治郎だ。
良かった。これだけの感想で十分は今は。 こんなどこへ向けての講釈が、未来の自分への手紙になる。 「戦争中の安寧秩序は、人の非業の死の公開によって保たれていたと思わないかね。
死刑の公開が行われなくなったのは、人心を殺伐ならしめると考えられたからだそうだ。
ばかげた話さ。空襲中の死体を片附けていた人たちは、みんなやさしい快活な様子をしていた。」 「人の苦悶と血と断末魔の呻きを見ることは、人間を謙虚にし、人の心を繊細に、明るく、和やかにするんだのに。
俺たちが残虐になったり、殺伐になったりするのは、決してそんなときではない。
俺たちが突如として残虐になるのは、たとえばこんなうららかな春の午後、よく刈り込まれた芝生の上に、
木漏れ陽の戯れているのをぼんやり眺めているときのような、そういう瞬間だと思わないかね。」 「世界中のありとあらゆる悪夢、歴史上のありとあらゆる悪夢はそういう風にして生れたんだ。
しかし白日の下に、血みどろになって悶絶する人の姿は、悪夢にはっきりした輪郭を与え、悪夢を物質化してしまう。
悪夢はわれわれの苦悩ではなく、他人の烈しい肉体的苦痛にすぎなくなる。」 ところで私は何も考えずにこんなことを書き写している。これが救いだったということか! ぱぱvipのうみねこアカウント見るか。ようやくこのレベルの話についてきたなと思うのぉ。(私は爺) 先人に背いていきながら、結局先人と同じ道を歩んでいる、と。 アンビエントは退屈だが、本読めない時や思考してる時は助かったりする。 着々予定をこなして予定表の項目が消えていく。いいことだ。 もう社会に参加しなくて家に引きこもったままいつまでもいたらいいとは思うが、
それでも人間関係はまだ続いている。それを簡単に捨てることはできない。 ストレスを感じやすい身体だ。だから身長も伸びなかったんだろうな。 まぁここで統計学心理学的な分析で、型を当てはめていくんだろうな。それを面白がる人が多いこと。 例外が一か所でもあれば、その分析は確実ではなくなる。それを踏まえた遊びであることを忘れてはならない。 もともと含みのある記事も多いからな。やっぱり騙される人が多いだろうか。もちろん自分もそう、書いてあることは信じやすい。 どこどこ大学のなんちゃら研究科のだれだれ博士による分析~
で読者の興味を引きやすくさせる手口。そして信用させてしまう。 アニメ会員はひぐらし視たら退会しよう。影響が強すぎる。思考が煩雑になる。 もはや快楽だ。なぜこんなに無意識に先人の後を追っているのだ。 沼のようだ。底がないんだろ。沈み続けるんだこの体。 原理主義者には理解できないんだろ。この沼に落ちないもんな。安全地帯にいるもんな。 一度落っこちまったから、自己責任ってな。そうだな。そうだな。自分自身で苦しむんだ。 籠の中でも今は心地いいんだ。出ようとするから辛いのは承知じゃないか。 昨日でひぐらしは視聴遂行。いい終わり方だった。次作品があれば視よう。 アニメ会員は退会したが。あとは情報が耳に入ることができればいいのだが。情弱だからな。 思えばひぐらしのギャグシーンに違和感を感じなかったな。
ペルソナのギャグシーンは少し寒い思いをした。
あまりアニメは見ないから評価に基準性はないんだが。 娘々(にゃんにゃん)
ヲタ用語かと思ったが一応王道文学にも出てくるんだな。
して、読み方は合っているのだろうか…。 しかし野球はすっかり大衆の娯楽になったなぁ。とりあえず知識持ってれば話せるし、素人でも。 沙都子の「ごめんなさい」の理由、もっと訳ありにできなかったものか…。
カケラを渉った代償で、圭一たちに予想つかない変化があったとして、
「いい加減お前だけがカケラを弄るなよ?」みたいなセリフを期待していたのだが、
もしそういうの描いてくれたらOPの沙都子が闇?に呑まれてくるの熱かったのにな。 やはりゴーストは熱い。どこに潜んでいるんだか。
顔を覗かせるのは、本人が慢心した時だ。 まぁ沙都子はゴーストに取りつかれていたと言っても過言ではないだろう。
終盤はもう既に別人格に乗っ取られてたからな。
あの家の畳み部屋で鉄平を殺したのは沙都子ではなかった。 して、俺もあの頃はゴーストに乗っ取られてたか。
ネットに魂を売ってしまった、あの頃の夏から。 でも業の話の流れから、卒のOPがあの仕上がりになったのは結構熱かったな。
曲は一から順に作り上げたのだろうか。業のOPはサビから作り始めたように聴こえるが。 OPの沙都子の闇に追い込む正体は、別人格の沙都子か。
本来の沙都子は純粋に梨花を追いかけていた、とすれば
辻褄は合う。 別人格の沙都子というより背中の沙都子。背覚(はいかく)ともいえる。 柏木が私を人生へ促してくれる親切あるいは悪意を、私が多としていた。 中学時代に先輩の短剣の鞘(さや)に傷つけた私は、人生の明るい表側に対する無資格を、すでに自分の上に明確に見ていた。 しかるに柏木は裏側から人生に達する暗い抜け道をはじめて教えてくれた友であった。 それは一見破滅へつきすすむように見えながら、なお意外な術数に富み、卑劣さをそのまま勇気に変え、
われわれが悪徳と呼んでいるものを再び純粋なエネルギーに還元する、一種の錬金術と呼んでもよかった。 それでも、事実それでもなおかつ、それは人生だった。 自分は猫を被るところがあるからちょっと粗っぽい女の子には嫌われる。
自己主張強めの子、なんか突っかかってくるんだよなぁ。ガチっぽく。
当然か。性格も容姿も微妙な立ち位置だからな。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています