示された通り無理やり土地を奪われたなど一言も書き込んでない
土地接収は軍側からの一方的なもの
>軍側の一方的な使用通告
>強制立退き行使も辞さず

辺野古誌(辺野古区編纂委員会編集)
https://i.imgur.com/rqYgG7C.png
>ところが、このような半島半林の静かなシマに1955年1月、米軍は久志村を通して、久志岳・辺野古岳一帯の山林野を銃器演習に使用したいとの連絡があった。
 軍側の一方的な使用通告に驚いた村では、臨時議会を招集して山依存の高い住民の生活権を守るに反対決議をして、民政府等の関係機関に陳情を行うと共に阻止行動を起し、その時点では一応の成果を得られるかのように見えた。
 しかし同年7月22日、民政府は再び辺野古・豊原・久志区域の山林地帯と風光明媚な思原と長崎原をキャンプ基地に総面積500エーカー(62万坪余)の広大な土地使用の新規接収を予告してきた。

https://i.imgur.com/dulStJe.png
>もしこれ以上反対を続行するならば、部落地域も接収地に線引きして強制立退き行使も辞さず、しかも一切の補償も拒否する等と強硬に勧告してきた事から、住民も一様に驚き有志会では急変した事態に対象 (対処) するに、再考せねばならなかったという。