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毎日新聞 2022/2/4 05:00(最終更新 2/4 05:00) 有料記事 2219文字




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若者に声をかけるN(手前)。彼が街中で声かけをする姿を何度も目撃した=東京都内で、小鍜冶孝志撮影(画像の一部を加工しています)

第1部「事業家集団構成員Nと過ごした3カ月間」D
 「事業家集団」構成員のSとNから、「僕はビジネスオーナーになる。君はどっち?」と覚悟を試された2021年6月15日。高田馬場の貸会議室を出ようとする記者(28)を、Sは「君が心配だ」と呼び止めた。「東京に出てきたばかりだし、悪質なネットワークビジネスにはまりそうだね。魔法みたいなものはないから、本当に自分の夢をかなえたいなら、ちゃんとやったほうがいい」という。記者はこれまでの取材を通じ、Sたちがやっていることこそ、「悪質なビジネス」と確信を持っていた。

 帰り道、Nと2人で、高田馬場駅まで歩いた。いつものようにNは感想を求めてきたが、いつもとは様子が違うことがはっきりとわかった。かなり早口で、言葉の端々から焦りがにじみ出ていた。これまでのNには、決められた言葉を、誰かに言わされているような印象を抱いていた。目の前で取り乱すNの姿から、初めて血の通った人間らしさを感じた。

「人を殺してこいなんて言わない」
 「具体的にどうすればビジネスオーナーになれるのか」。Sと同じ質問を、Nにも投げかけてみた。「うーん、経営に必要なこと。何が経営に必要だと思う?」とNは質問で返してきた。人間力、調整力、資金力、営業力……。思いついたことを適当に挙げると、Nは「うんうんうん。それをね。やるって感じ」とまくし立てた。

 高田馬場駅の改札前で約20分間、立ち話になった。いつも慌ただしく立ち去るNが、次々に言葉を重ねる。Nは、ビジネスオーナーを目指すには金銭的にも時間的にも犠牲を払わなければいけない、と語り出した。「きついことをするから力が付く。きついことを乗り越えて、自分がレベルアップすることが面白い。筋トレと同じ感覚」という。勉強会や経営セミナーへの参加費、仲間の店を利用するための費用が必要だが、力を付ければ「将来、何倍にもなって返ってくる」と強調した。「いい居酒屋知らない?」と勧誘した若者に何を求めているか、目的の一端が明かされた。

 1週間後、新橋の居酒屋でNと向き合った。初めて記者からNを誘った。2人とも生ビールを注文し、ささやかに乾杯をすると早速、Nが切り出した。「どうなの? ビジネスオーナーになるために動いちゃえばいいじゃん」。たびたびの誘いにも煮え切らない記者に対し、Nは具体的な説明は避けながら、「人として間違ったことはしない。人を殺してこいなんて言わない」と冗談交じりに言った。

 Nは、Sと一緒にお世話になっているという女性について説明を始めた。何度か存在をほのめかされていたが、これまでは詳しいことを話そうとはしなかった。2人の「師匠」だという女性は、会社員からビジネスオーナーへの転身に成功。東京都内で雑貨店と美容室の2店舗を経営している。Nは「自宅で365日、体育座りをしているだけで、…

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