地理とは「地球上の理(ことわり)」である。この指針で現代世界の疑問を解き明かし、6万部を突破した『経済は地理から学べ!』。著者は、代々木ゼミナールで「東大地理」を教える実力派、宮路秀作氏だ。日本地理学会企画専門委員会の委員として、大学教員を中心に創設された「地理学のアウトリーチ研究グループ」にも参加し、精力的に活動している。2022年から高等学校教育で「地理総合」が必修科目となることが決定し、地理にスポットライトが当たっている。本記事は、昨今のウクライナ情勢を受け、ロシアとウクライナの関係にスポットを当てた宮路氏の寄稿だ。

「1998年のロシア危機」とは?
 ウクライナとロシアは世界的な小麦の生産国であり、生産量はそれぞれウクライナが世界8位、ロシアは世界3位となっています。これに大麦やエン麦、トウモロコシなどを加えた穀物全般の生産量をみても、ウクライナが世界9位、ロシアは世界4位となっています。

 生産国であり、同時に輸出国となっていて、ウクライナの小麦の輸出量は世界5位、ロシアはアメリカ合衆国を抜いて世界最大の小麦輸出国となっています(2020年、FAO)。

 ウクライナとロシアはかつて、ともにソビエト連邦を構成していた国です。崩壊直前のソビエト連邦は世界有数の穀物輸入国であり、世界の穀物需給に大きな影響を及ぼしていました。特に畜産業における飼料穀物の輸入量が大きかったといいます。

 その後旧ソビエトが崩壊し、ロシア経済が停滞すると、肉類需要が減退して畜産業は壊滅的な状況へと追いやられてしまいます。

 1998年8月、ロシアは対外債務90日間支払い停止とルーブル建て短期国債の債務不履行を発表します。いわゆるロシア危機です。

世界中がロシアの味方をした理由
 当時のロシアが世界市場へ供給できるものは、原油や天然ガス、木材、レアメタルなどの原燃料くらいしかありませんでした。実に総輸出額に占める原燃料の割合がおよそ8割と高い水準でした。

 1997年のアジア通貨危機の余波で当時の世界経済が悪化し、製品が売れなくなると、その原燃料の需要が小さくなっていきました。

 結局ロシア危機によって通貨ルーブルが安くなっていきましたが、世界経済へ与える影響が大きいと考えられたため、「世界中がロシアの味方」をしました。しかし、現在のルーブル安については「自業自得」であるため、世界市場がロシアを支援する動きはみられないでしょう。

 1998年のロシア危機によってルーブルが安くなると、却ってそれが功を奏したのか、ロシアは世界的な穀物輸出国へと成長していきます。

 それに加えて、単位面積当たり収穫量(単収)が増大し、生産量が増加したことも要因の一つです。また、2000年代前は肉類需要の回復がそれほど見られず、飼料用穀物の消費量が大きく増加しなかったため、輸出余力が増大したことも要因の一つと考えられます。