仏像ブームで盗難多発、対策は3Dプリンターで「お身代わり」
 [New門]は、旬のニュースを記者が解き明かすコーナーです。今回のテーマは「不明文化財」。

 仏像や刀剣、古文書といった文化財の多くが所有者の手元を離れ、所在不明となっている。地域の過疎化やインターネットのオークションサイトの広がりなどを背景に、売買目的の盗難被害に遭う文化財も多い。対策が急がれるが、匿名性も高く解決は一筋縄ではいかない。受難の文化財は、再び安住の場所を取り戻せるだろうか。

旧国宝の日本刀 ネットオークションに
 オーストラリアの弁護士で、刀愛好家のイアン・ブルックスさん(66)は2018年にネットのオークションで、 一口ひとふり の日本刀を購入した。出来ばえの良さから相当な名品であると考え、刃の長さや 鐔つば に彫られた銘や図柄などを調査した結果、鹿児島神宮(鹿児島県霧島市)の所有で、戦前に国宝に指定された刀の可能性が高いと判明した。

 戦後、GHQ(連合国軍総司令部)は武装解除のため火器や刀剣の提出を命じた。鎌倉時代の刀工・則重の作とみられ、江戸時代に薩摩藩主が鹿児島神宮に奉納した名刀も戦後の混乱期に流出したと考えられる。

 ブルックスさんは発見の経緯を、1月刊行の専門誌「刀剣美術」(日本美術刀剣保存協会発行)で発表。「死後に鹿児島神宮に戻されることが私の願い」との意向だ。刀剣博物館(東京都墨田区)の石井彰・首席学芸員は「海外に流出した旧国宝が状態の良い形で見つかった非常に幸運なケース」と評価する。

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国宝・重文142件が所在不明
 こうした発見がある一方、文化庁によると、21年時点で国宝・重要文化財の美術工芸品1万524件のうち、142件が所在不明だ。相続の際の所有者変更や、引っ越しなどの所在場所変更といった届け出の不備が主な理由だが、盗難事例も目立つ。

 被害が特に深刻なのは仏像だ。奈良大の大河内智之・准教授(日本彫刻史)によると、近年の仏像ブームによる需要の高まりで、転売目的で仏像を古物商などに持ち込む窃盗犯が増加している。古物営業法は盗難品の売買を禁止するが、ネットオークションの広がりで機能していない実態がうかがえる。

 京都市の立本寺では昨年6月に盗まれた仏像がオークションサイト「ヤフオク!」に出品された。サイトを見た人の情報提供をきっかけに出品者から寺に返却されたが、未指定の仏像の盗難も後を絶たない。住職がいないなど過疎化で管理体制が悪化した寺が狙われる例もある。

 対策が急務となる中、和歌山県広川町では地域住民と文化財担当者が協力し、仏像の写真撮影を行い、データベース化してきた。盗難に遭った場合でも、所有者の元に戻るためには、証拠となる写真が欠かせない。

 さらに同県立博物館では盗難対策として「お身代わり仏像」を製作する。3Dプリンターで作られた精巧な複製仏像を寺に安置し、本物は博物館に“避難”させる。地元の高校・大学生が関わり、これまで32体が完成している。通常より製作費も安くでき、次世代に文化財の重要性を伝える点でも意義深い“和歌山モデル”には、他県からも問い合わせが多いという。

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