5/5(金) 20:02   現代ビジネス
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デビュー時のインパクト
村上春樹氏〔PHOTO〕Gettyimages

 作家・村上春樹さんの最新長編小説『街とその不確かな壁』が刊行され、大きな話題を呼んでいます。

【写真】イベントでにこやかに話す、村上春樹さん

 村上さんはデビュー以来いまに至るまで、圧倒的な人気を誇り、その作品は読書界に大きなインパクトを残してきました。

 とりわけ1979年に文芸誌「群像」でデビューした当時、その作品が小説を愛する人たちに与えた衝撃はきわめて大きかったとされます。

 現在では、「村上春樹後の世界」が自明のものとなってしまい、そのインパクトがどのようなものであったかややわかりにくくなっていますが、新刊を読むにあたって、村上作品が小説の世界にもたらした衝撃を、専門家の手を借り振り返っておくのもいいかもしれません。

 たとえば、村上さんのデビュー作『風の歌を聴け』が日本の小説シーンを大きく進めたとするのは、著名な批評家である加藤典洋さんです。

 加藤さんはさまざまな場所で『風の歌を聴け』がもった意味合いについて語っていますが、その論旨がきわめて端的にまとまっているのが、『村上春樹の世界』での以下の短い記述です(読みやすさのため、改行の位置を編集しています)。

 〈その登場以来、彼の小説は、つねに時代の動向を先取りしていた。

 彼が1979年、第一作『風の歌を聴け』で「気分が良くて何が悪い?」という80年代の消費世界の現実肯定の声に光をあて、そのかたわらに立ちながら、「金持ちなんて・みんな・糞くらえさ。」という60年代末の高度成長期の現実否定の声のくずおれ、没落していくさまを哀惜をこめて描いたとき、日本の小説のシーンが一つ後戻りのできない形で歯車を進めた。

 小説の吃水線は、もうそれまでの現実否定で小説を書いても、それは人を動かさないよ、というラインに変わった〉(『村上春樹の世界』13頁)

 敗戦を乗り越え、がむしゃらに経済成長を遂げ、そのひずみのなかでもがいていた日本は、やがてモノと記号があふれる消費社会に突入していきます。消費社会における「現実肯定」の気分をいちはやく取り出し、光をあて、後戻りできないような認識の変化をもたらしたのが、村上作品だった……というイメージでしょうか。

 1979年当時のこうした雰囲気、空気を念頭に、デビュー作『風の歌を聴け』や新刊『街とその不確かな壁』を読んでみると、また少し違った風景がみられるかもしれません。

 なお、【村上春樹作品のなかで「多くの女子学生を惹きつけ」「複雑な母娘関係が描かれた」、意外なタイトルをご存じですか? 】(5月3日公開)の記事では、村上作品がちょっと意外なテーマをあつかった例について、紹介しています。