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ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創設者、エフゲニー・プリゴジン氏(写真/AFP=時事)

 膠着するウクライナ情勢に新展開だ。東部でウクライナ軍が反転攻勢をかけ、2つの州を取り戻すなか、ロシア国内では“飼い犬”が反旗を翻した。プーチンの命運が尽きかけている。

「ショイグ国防相とはいかなる契約も結ばない」。ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創設者、エフゲニー・プリゴジン氏は6月11日、SNSでこう発言した。最前線でウクライナ軍との戦闘を続けているワグネルによる、ロシア正規軍への絶縁宣言だった。大和大学社会学部教授の佐々木正明氏が語る。

「プリゴジン氏は2011年頃からプーチン大統領の汚れ役を担い始め、ロシア軍の“別動隊”として信頼を得てきました。

 これまで政権に表立って反目する人間がいなかっただけに、この発言は目立つ。プリゴジン氏の存在感が強まることで、クレムリン内の勢力図が変容していると思われます」

 プリゴジン氏はこれまでもワグネルに弾薬が供給されないことに激怒し、セルゲイ・ショイグ国防相とワレリー・ゲラシモフ総司令官を名指しして「ショイグ! ゲラシモフ! 弾薬はどこだ!」と怒号を飛ばして正規軍への不満を露わにした。

「彼らの“気まぐれ”のせいで想定される水準の5倍もの戦闘員を失った」と主張し、5月20日にはSNSで戦死した兵士の遺体を撮影した動画を公開。「ロシア軍はきちんとした運営が行なわれていない」「確実に領土の一部を失うことになる」など苛烈な批判を繰り返してきた。国際アナリストの北野幸伯氏が解説する。

「プリゴジン氏はプーチン氏が創ったシステムのなかで力を蓄えてきた。一方でプーチン氏もワグネルが戦場で最も勇敢に戦う部隊であるからこそ自由を与えている。そのことがショイグ氏やゲラシモフ氏の反感を買い、正規軍がワグネルに弾薬を回さないなどの嫌がらせを招いた。プリゴジン氏がウクライナ東部のバフムトの完全制圧宣言をした後、撤退すると言い出したのも正規軍への反発ゆえです」

 プリゴジン氏が軍部を痛烈に批判するさなか、チェチェン共和国のラムザン・カディロフ首長も同調し、「弱腰の国防省幹部を最前線に叩き込め」と批判。元ロシア兵がインタビューで軍への不信感を口にするなど、ロシア正規軍への風当たりは強まるばかりだ。

 これまでプリゴジン氏は、軍には反発するものの、プーチン氏への批判は避けてきた。だが、筑波大学名誉教授の中村逸郎氏はその関係にも変化が起きていると指摘する。

「“ショイグと契約しない”という発言は、これから自分たちは独自に動くという宣言に他ならず、プーチン政権との決別にも取れます。このところプリゴジン氏はプーチン政権の戦況の見通しの甘さを指摘し、『ロシア革命が起きかねない』とも発言していた。両者の溝が深まっていることは間違いないでしょう。

 ワグネルがバフムトから撤退する際に、ロシア正規軍と撃ち合いになったとの報道もありました。プリゴジン氏が反政権派と手を組み、“打倒プーチン”に動く可能性は十分にありえる。実際、プリゴジン氏が5月25日に撤退を表明したタイミングで、ゼレンスキー大統領が反転攻勢を仕掛けています。タイミングの良さから、両者が裏でつながっていると見る向きさえある」

 ウクライナ国防省情報総局のヴァディム・スキビツキー副局長は「プーチンは自国民に殺害されることを最も恐れている」と語ったが、その実行役をワグネルが担う可能性が出てきたのだ。

「ロシアは今年9月に統一地方選挙が行なわれ、来年3月には大統領選挙を控えています。統一地方選挙は大統領選挙に大きな影響を与えるため、9月を前にプーチン氏が弾圧・統制を強めることは想像に難くない。プーチン氏暗殺を実行するならその前。8月の可能性が高い」(中村氏)