これまでJR東海は、リニア中央新幹線の品川─名古屋間について、「2027年の開業を目指す」と説明してきた。しかし、現時点でも静岡工区は未着工であることから、27年の開業は絶望的と見られている。なぜ、静岡工区の工事は始まっていないのか?

 ニッポン放送NEWS ONLINEは2020年7月10日、「静岡工区が未着工である理由~リニア中央新幹線」の記事を配信した。文中には簡にして要を得た以下のような説明がある。

《静岡工区は南アルプスを貫くトンネル工事で、静岡県や大井川流域の市や町は、工事によって水資源や自然環境に影響が出ることを懸念しており、着工の目処が立っていない》

 要するに「水資源」を巡る反対運動が起きていたわけだが、今では状況が変わっている。21年12月、大井川の水環境を議論した国土交通省の有識者会議は「トンネル湧水量の全量を大井川に戻すことで中下流域の河川流量は維持される」との中間報告をまとめた。

 なお、「中間報告」と銘打っているものの、水資源に関しては「結論」である。事実、22年から国の有識者会議は委員も入れ替え、生態系の議論に移っている。担当記者が言う。

「この中間報告で、事実上、リニアの工事が水資源に影響を及ぼす懸念は払拭されました。残るは『山梨側から掘るトンネルが静岡側とつながるまでの約10カ月、静岡側に水が戻せない懸念』だけです。これにJR東海は、昨年4月、A案とB案の2つの解決策を提示しました」

 B案が注目を集め、今では「田代ダム案」と呼ばれている。大井川にある田代ダムの取水を制限することで、川の水量を維持するという方針だ。

「大井川の流域自治体も田代ダム案に賛意を示し、静岡県だけが反対を唱えて孤立している状況です。県民の世論も変わりつつありますが、県は『リニア工事反対』の姿勢を堅持。JR東海が山梨県で行っている先進ボーリングについても批判を強め、今度は『水』ではなく『土』という新しい問題を持ち出してきました」(同・記者)

急に出てきた「深層崩壊」
「土」とは、トンネル掘削に伴う残土の置き場を巡る問題だ。毎日新聞は8月7日、「リニアの行方:残土置き場議論、平行線 県『深層崩壊の恐れ』 JR東海『影響ない』」との記事を静岡県版に掲載した。県とJR東海の主張が両論併記されており、ポイントは以下の通りだ。

◆トンネル工事で発生する土、約370万立方メートルのうち約360万立方メートルを、大井川上流の燕沢(つばくろさわ)に設置する残土置き場で処理する

◆静岡県は「(岩盤から崩れる)深層崩壊が起こる恐れがある」などと懸念している

◆JR東海は深層崩壊などの発生を想定したシミュレーション結果を示し、登山者が滞在する下流側への影響について「発生土置き場がある場合とない場合で、生じる影響にほぼ違いがない」と説明した

◆JR東海の沢田尚夫・中央新幹線推進本部副本部長は、燕沢の置き場は以前から計画地として県に示してきたとして「もう一回『ここで良いのか』という話が出てきたことにかなり困惑している」と語った

 ここで「深層崩壊」について説明する必要があるだろう。国土交通省の公式サイトでは次のように説明されている。

《山崩れ・崖崩れなどの斜面崩壊のうち、すべり面が表層崩壊よりも深部で発生し、表土層だけでなく深層の地盤までもが崩壊土塊となる比較的規模の大きな崩壊現象》

つづき
https://www.dailyshincho.jp/article/2023/09110602/