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毎日新聞 2021/11/28 12:30(最終更新 11/28 12:30) 1194文字




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イグ・ノーベル賞を受賞した村上久・京都工芸繊維大助教=京都市左京区で2021年9月28日、千葉紀和撮影

 ノーベル賞のパロディーで人々を笑わせ、考えさせる独創的な研究をたたえる「イグ・ノーベル賞」。京都工芸繊維大助教の村上久さん(34)=京都市上京区=は、歩きながらスマートフォンを操作する「歩きスマホ」が周りの歩行者に影響し、通行全体の妨げになる理由を群衆実験で明らかにした研究で、2021年の「動力学賞」に選ばれた。

 9月の受賞発表後、多くのメディアから取材を受けた。「注目はうれしいのですが、『歩きスマホの危険性』ばかり取り上げられてしまって。研究の目的や内容にも目を向けてほしい」と悩みを語る。



 今回の実験は、横断歩道のように27人ずつの集団が対面し、10メートルの道をすれ違った。歩行者は自然に複数の列を作り、スムーズに進むことができた。だが、片側の集団3人がスマホを操作しながら歩くと、全体の歩く速度が遅れ、通行の乱れが目立った。

 集団の動きは上から撮影し、1人ずつの歩行の角度や速度変化を細かく分析。歩きスマホの代わりに、ただ遅く歩く人を加えた追加実験では、円滑にすれ違えることも確認した。こうした結果から「歩行者は『あうんの呼吸』のように互いに動きを予期し合うことが秩序をもたらす」とし、少数でも注意力散漫な人がいると「予期が妨げられ、歩きスマホの人だけでなく、その周りの歩行者も衝突回避が難しくなる」と結論付けた。



 学生時代から動物の「群れ」に着目し、研究を続けてきた。「鳥の群れは全体で一つの生き物のように動く。司令塔がいるわけでもないのに自然と秩序ができるって不思議ですよね。個と全体の関係は、社会性の起源ともいえますが、実は分かっていないことが多い」。今回の実験も、歩きスマホの問題を調べることではなく、集団形成の仕組みを調べる研究の一環だった。

 大阪府八尾市出身。進学した神戸大理学部で偶然、独自の生命論研究で知られる郡司幸夫教授の研究室に入ったのが、このテーマを追う契機となった。文理融合を実践し、複雑な計算を学ぶ傍ら、小説や哲学書も読みあさった。



 大学院では数十万匹の群れをつくるカニの行動を調べ、集団で泳ぐアユ100匹を仲間と飼育した。その後、「渋滞学」の第一人者でイグ・ノーベル賞も共同受賞した西成活裕・東京大教授に師事し、今回の研究成果が生まれた。

 受賞の賞金と副賞は10兆ジンバブエ・ドル紙幣と紙製のトロフィー。だが、紙幣はハイパーインフレで価値がほぼない上に偽札で、トロフィーは図面データがメールで送られ、自ら紙に印刷して組み立てた。「ペラペラで息を吹きかけると倒れるんです。そこがいいですよね」。色鮮やかなシャツ姿で笑顔を見せた。



 京都工芸繊維大に着任したのは21年1月から。京都に縁はなかったが、「のんびりしていて居心地が良い」と気に入っている。「当面は予期の研究を深め、混雑や事故を減らすことにつながれば」。京都から新たな目標を描く。【千葉紀和】