釜山でゲーム産業の集積が進んでいる。世界展開を目指すゲーム開発企業が集まり、オンライン対戦で勝敗を競う「eスポーツ」の競技場も誕生した。釜山市はゲーム産業の育成を通じて、若者の雇用拡大や地域経済の活性化につなげたい考えだ。ただ、ソウル首都圏への一極集中が進む中、人材流出など課題も多い。(釜山・具志堅聡)

国内市場よりグローバル市場

 卓球台の前に立ち、相手コートにピンポン球を打ち込む。卓球を楽しんだら、次はバドミントンのラケットでスマッシュ。実際のスポーツと違うのは、ディスプレー付きの専用ゴーグルを装着し、両手のコントローラーで操作する点だ。

 仮想現実(VR)の世界で11種類のスポーツを楽しめるこのゲームは、釜山の企業「エプノリ」が昨年開発した。同社は携帯電話向けのアプリケーションを開発する技術者だった李現旭(イ・ヒョンウク)氏が2011年に京畿道で創業。当初はスマートフォン向けのゲームを作っていたが、VR技術の登場に合わせて事業を切り替えた。現在は家庭用ゲーム機のプレーステーション4、5向けの発売準備を進める。

 李代表は当初、出身地の釜山市で起業を目指したが、市内にIT関連企業が集積しておらず、断念した。15年にゲーム産業育成を支援する「釜山グローバルゲームセンター」が設立されたのを機に、「ゲーム制作やマーケティングのサポートが期待できる」とセンター内への移転を決めた。

 今、見据えるのはオンラインの仮想現実空間「メタバース」事業への参入だ。VRを応用し、離れた場所にいる人々が現実世界のように交流できるメタバースは米国の大手IT企業も注目する。エプノリはスポーツゲームを通じた出会いや交流の機会を提供したい考えで、李代表は「スポーツゲーム分野でメタバースを実現する世界初の会社になりたい」と意気込む。

 ロールプレーイングゲーム(RPG)を開発する「マジックキューブ」も釜山から世界を目指す。パズルや戦闘を通じてモンスターに占領された城を奪還するRPG「マージ&ブレード」は、家庭用ゲーム機「ニンテンドースイッチ」などで発売を予定する。河相?(ハ・サンソク)代表は「国内市場よりグローバル市場を見てゲームを開発しており、ほとんどのゲームは英語と日本語に対応している」と胸を張る。

eスポーツ普及へ「競技場」

 09年に韓国最大のゲーム展示会「G−STAR」を誘致するなど、釜山では早くからゲーム産業の育成に注力してきた。釜山市は昨年、22〜26年のゲーム産業育成案を発表し、国費などで計約2769億ウォン(約265億円)を投資する計画を示した。メタバースなど新技術のゲーム制作や企業誘致の支援を盛り込んだ。

 ゲームの腕を競う「eスポーツ」の普及にも力を入れる。韓国文化体育観光省と釜山市は20年11月、市の繁華街・西面に「釜山eスポーツ競技場」をオープンさせた。計約60億ウォンを投じた地方初のeスポーツ競技場だ。メインスタジアムには約330の観覧席があり、飲食を楽しめるパブや、個室で観戦できるスイートボックスも備える。

 eスポーツ産業に欠かせないデータ分析などの専門人材育成にも力を入れる。世界のeスポーツ関連のリーダーを集めた会議も開催した。市の担当者は「ゲーム、eスポーツの両産業で相乗効果を生み出したい。多様な職業プログラムを運営し、未来の有望な職業に携わる人材養成の基盤を築いていく」と力を込める。

“スター企業”育成できるか

 最大の課題は、ソウル首都圏などとの競争にいかに勝ち残るかだ。釜山のゲーム企業数は127社と国内3位だが、京畿道に3167社、ソウルには543社が集積する。釜山グローバルゲームセンターの入居企業は累計で56社に上るが、このうち34社がセンターを離れた。一部は人材確保が容易なソウル首都圏などへ転出したとみられる。

 釜山はゲーム関連学科を持つ大学などが充実しており、人材の供給源にもなっている。マジックキューブの河代表は「韓国の産業特性上、ソウルにインフラが集中する現象はゲーム業界も同じで、ソウルへの流出が多いことは残念。もっと多くの人材が釜山のゲーム会社に魅力を感じられるようにすることが私たちの役目だ」と前を向く。

 ゲーム産業に詳しい釜山研究院の具潤謨(ク・ユンモ)研究委員は「大企業中心の首都圏ではなく、中小のスタートアップがさまざまな支援を受けられる釜山はゲーム分野で創業しやすい有力な地域になるだろう。地域をリードする“スター企業”を育成し、苦労して育てた中堅のゲーム人材が定着できるように誘導することが重要だ」と指摘した。

西日本新聞 2022/1/24 6:00 (2022/1/24 10:18 更新)
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