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毎日新聞 2022/2/5 10:46(最終更新 2/5 11:41) 1307文字




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北京冬季五輪の開会式で、トーチを聖火台に運ぶ聖火リレー最終走者、趙嘉文選手(右)とジニゲル・イラムジャン選手=北京・国家体育場で2022年2月4日午後10時15分、手塚耕一郎撮影

 北京冬季オリンピックは4日夜、北京市の国家体育場(通称「鳥の巣」)で開会式があり、幕を開けた。政治色の強い演出が際立った異質な式典をスタンドで取材した記者が、中国の思惑を探った。

 最新鋭の映像技術を駆使して開催国・中国の文化とスポーツの魅力を描いた演出に、現地で取材しながら徐々に引き込まれた。一方で国内の少数民族の人権問題に厳しい視線が注がれる五輪の幕開けで、中国側が込めた政治的なメッセージも浮かび上がった。



 中国が誇る国際的な映画監督、張芸謀(チャン・イーモウ)氏が練り上げたのは冬らしい青色と白色を基調にしたシンプルな演出だった。二十四節気の一つ「雨水」の映像から開会のカウントダウンが始まり、最後に開幕日である「立春」を迎えると会場中央に集まった人々が持った緑色に光る棒が草原のように揺れて春を告げる。季節感を大事にする中国らしい演出に周辺の欧米人記者からは拍手が聞こえた。精緻なプロジェクションマッピングを駆使した演目が次々に繰り出され、中国の技術力の高さを印象づけた。

 大会の「特殊さ」を改めて思い知らされたのは、開会式のハイライトである聖火リレーの場面だ。午後10時(日本時間同11時)過ぎ、リレーは大詰めを迎え、最後に聖火を託された2人の男女の名前が会場のスクリーンに映し出された。このうちスキー距離の女子選手の名前を見て、思わず息をのんだ。新疆ウイグル自治区出身のウイグル族、ジニゲル・イラムジャン選手(20)だった。



 彼女に聖火を託した五輪メダリストらと違い、決して有名な存在ではない。周囲の中国人記者に聞くとスマートフォンで名前を検索した後、「知らない」と肩をすくめた。多くのウイグル族が再教育施設に強制的に収容されているとして、欧米の国々は人権侵害を理由に外交的ボイコットを表明し、開会式に政府高官を派遣しなかった。そうした中、渦中の民族をあえて起用した中国に「ウイグル族への人権侵害など存在しない」と世界へ「民族の融和」をアピールする意図があるのは明らかだと感じた。

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雪の結晶の聖火台が宙に浮かび、フィナーレを迎えた北京冬季五輪の開会式=北京・国家体育場で2022年2月4日午後10時21分、手塚耕一郎撮影

 中国を統治する共産党は人口の9割を占める漢族と55の少数民族は一体の「中華民族」だとうたう。開会式では民族衣装などに身を包んだ人たちが国旗「五星紅旗」を一緒に掲げる場面もあった。



 だが、そうした演出を目の当たりにするうちに、かつて上海に駐在し、取材で訪れた新疆で何度も見た光景がよみがえってきた。「すべての民族は家族だ」。そう書かれた街角の看板近くに設けられた検問所では、ウイグル族の人たちがスマートフォンを差し出していた。当局が「テロ」につながるとみるデータがないかチェックするためだ。その横を漢族とみられる人が通り過ぎていく。「なぜ自分たちだけが常に疑われるのか」。あるウイグル族の男性は、そう打ち明けた。

 世界が注目する聖火リレーの最終走者にウイグル族の選手を起用した姿勢は、大国となった自信、そして米国などに対して人権問題で介入を許さない強烈な意思表示に映る。開会式ではジョン・レノンの「イマジン」が流れた。「想像してごらん、国境のない世界を」。ちぐはぐさを漂わせて「平和の祭典」は始まった。【北京・林哲平】