「私が遺族だったら、よく言えるなあと思うのだけど、どうですか」。裁判官から問いかけられた被告は、こう答えるしかなかった。「自分も思います」。乗用車で女性をひいて死亡させたうえ、飲酒運転の発覚を免れるため逃走したなどとして罪に問われた被告の公判。裁判官の率直な質問が、被告に事件の重さを突き付けた。

 福岡地裁小倉支部の公判で、自動車運転処罰法違反(過失致死アルコール等影響発覚免脱)と道交法違反(ひき逃げ)の罪に問われたのは、北九州市門司区の建設作業員、由井希(のぞむ)被告(22)。起訴状などによると、由井被告は2021年11月20日、北九州市小倉北区黄金1の国道10号(片側3車線)で乗用車を飲酒運転し、携帯電話による通話に気を取られて前方左右を注視せず、時速約40〜50キロで第1車線から第2車線に車線変更しながら進行。前方の道路上に座り込んでいた女性(当時31歳)を転倒させてひき、大動脈損傷による失血で死亡させ、アルコールの影響の有無や程度が発覚することを免れるために逃走したとされる。

 検察側は2月に開かれた初公判の冒頭陳述で、由井被告は前日午後10時ごろから友人らとバーベキューをし、缶ビール3本と缶チューハイ2本を飲んだと指摘。事故を起こして逃走後、現場に一度引き返したものの、女性が倒れているのを認識し、逮捕を恐れて再び逃走したと主張した。由井被告は約1時間半後、同区内の複合施設駐車場にいるところを警察官に発見されたが、呼気から検出されたアルコールは飲酒運転の基準値以下の呼気1リットル当たり0・09ミリグラムだったという。

 公判では、由井被告が「約2カ月前の失恋のショックで、飲酒運転を毎日のように繰り返していた」と述べた捜査段階の供述調書や、女性の遺族が「(インターネット上などでは、路上にいた)娘の方が批判されて苦しい」と語った調書も、検察側の証拠として提出された。

被告「安全運転する」
 1日に開かれた第2回公判。上下スエット姿で証言台に座った由井被告は、弁護側の被告人質問で運転免許の取り消し期間が過ぎた後のことを問われ「飲酒運転せず、周囲をしっかり見て安全運転し、仮に事故を起こしても必ず救助する」と答えた。飲酒については「今後は一切飲まない」と誓った。

 検察側から、飲酒運転を繰り返していた理由を問われると「1回してしまうと罪悪感が薄れ、ばれなければ何回してもいいという考えだった」と振り返り、「もし警察官に発見されなかったらどうしていたのか」の問いには「仕事が終わってから警察署に出頭しようと思っていた」と述べた。

裁判官「私が遺族だったら……」
 小倉支部第2刑事部の部総括として、合議事件では裁判長を務める井野憲司裁判官は、裁判官の被告人質問で、正面に座る由井被告を問いただした。

 裁判官「事故でぶつかった衝撃は覚えていますか」

 被告「乗り上げたような感覚でした」

 裁判官「(逃走後、事故現場に)戻ったときの『本当に人だった』という動揺も覚えていますか」

 被告「覚えています」

 裁判官「あなたは謝罪文やこれまでの質問で、いずれ運転するということを前提に話している。こういう事故を起こした人間が『次、免許を取ったら』と当たり前のように。私は遺族の気持ちを100%分かる訳ではないが、もし私が遺族だったら、よく言えるなあと思うのだけど、どうですか」

 被告「自分も思います」

 裁判官「被害弁償をすると言っているけれど、いくらを念頭に置いているの」

 被告「億を超えると」

 裁判官「自分の生活を続けながら、被害弁償をすることがどれだけ大変かイメージできていますか。被害弁償はすることに意味があって、『する』と言うことにはあまり意味がない。(事故で)その場を逃げた人間が、裁判官の前では『必ず弁償する』と言ってみせる。遺族はどう思いますかね」

 被告「本当に弁償するのかと思う」

 裁判官「するのが当たり前なんですよ。あなたは民事上で不法行為に基づく損害賠償の債務者です。刑事責任の重さを自覚できていますか」

 被告「できています」

被告「もう二度とお酒を飲まず、運転もしません」(略)

 公判は結審し、判決は25日に言い渡される。【成松秋穂】

毎日新聞 2022/3/2 05:00(最終更新 3/2 11:10) 1906文字
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