キム・ヨナも堪能、ソウルで名古屋仕込みの「ひつまぶし」 名店で修業した韓国女性、日本の味と人情伝える

 韓国ソウルに名古屋名物のウナギ料理「ひつまぶし」の専門店「まる心」がある。本格的な味は店主の李永心イヨンシムさん(55)が、名古屋市天白区の人気店「まるや本店」の佐々木三明会長(70)に弟子入りして学んだものだ。李さんは「外国人の私を受け入れてくれ、一生返せない恩を受けた」と佐々木さんに感謝し、冷え込んだ日韓関係の改善を願う。(ソウル・相坂穣、写真も)
◆韓国にも「土用の丑」に似た日、うなぎは白焼き
 夏にウナギを食べて暑気払いをする「土用の丑うしの日」(今年は23日と8月4日)と似た日が韓国にもある。「伏日ポンナル」と呼ばれ、今年は7月16日、26日、8月15日で、李さんは「伏日は700~800人も来店し、厨房ちゅうぼうは戦場になる。土用の丑の日を思い出す」と話す。
 1990年代に日本に語学留学し、和風のウナギ料理を味わった。韓国ではウナギを網で白焼きにする食べ方が主流で、日本のようにたれを絡ませて焼き、白飯とともに食べる料理を出す店は見当たらなかった。
 「じゃあ私がやってみよう」。2009年、名古屋に向かい、ひつまぶし店を回って修業先を探した。「外国人は雇わない」などと3カ月間断られ続けた末に、佐々木さんのもとで働くことが決まった。
 最初はウナギをさばく工場で夜明けから働いた。数カ月後、調理場に入ったが、仕事は想像以上に厳しかった。ウナギを焼く木炭の熱気で眼鏡のフレームは変形し、顔の皮膚は青黒く変色した。先輩の料理人たちの対応は冷たく、日本語の指示が理解できないと厳しく叱責しっせきされた。
◆母国での開店に師匠も後押し
 1年が過ぎたころ先輩たちが突然、親しく接してくれるようになった。佐々木さんは「最初は韓国人女性との接し方が分からない従業員もいたが、李さんは熱心な仕事と誠実な人間性で認められた」と称賛する。
 李さんは約3年間の修業を終えて11年に帰国し、「まる心」を開いた。佐々木さんは、日本人の料理人数人とともにソウルを訪れて、店の立ち上げを支援。新型コロナウイルスの流行以前は、若手従業員を研修として派遣してきた。
 名古屋でひつまぶしを食べたことのある韓国人や日本人駐在員が「本場の味と全く同じだ」と評価。元フィギュアスケート選手の金妍児キムヨナさんら多くの著名人も訪れるようになった。
◆「国超えて向き合う心、教わった」
 日韓の政治対立が深刻化し、韓国で日本製品の不買運動が起きた19年には、来店客が半減したこともある。だが、常連客たちは「ひつまぶしの味が忘れられない」と戻ってきた。
 李さんは「国を超えて人間同士で向き合う心を佐々木さんに教わった」と師匠直伝の味と人情を守る。日韓関係についても「歴史の痛みを超え、未来を見て手を握り合うようになれば」と願う。

東京新聞 2022年7月23日 12時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/191415