動かなくなった友人の体をさすり涙を流す女性、必死に心臓マッサージを続ける男性…。29日夜、ハロウィーンイベントでにぎわう韓国ソウルの繁華街・梨泰院(イテウォン)で起きた雑踏事故で、日本人女性2人を含む150人以上が命を落とした。放心状態で座り込む若者たちの間を縫うように、担架を持った救急隊員が走り回る。色とりどりに飾られた韓国屈指の歓楽街は一転、恐怖と悲しみに包まれた。

あちこちで救命措置
 「早く、早くっ、AED(自動体外式除細動器)を持ってきてください」。29日深夜、若い女性が横たわる友人に心臓マッサージをしながら叫び続けていた。パトカーや救急車の赤色灯が周辺を照らし、サイレンが鳴り響く中、動かなくなった人の体を放心状態でさすり続ける女性もいた。

 大通りでは、ハロウィーンの仮装や化粧をしたままの若者らが、あちこちで倒れた人に救命措置を試みている。助けを求める悲痛な声とクラブから流れる爆音が入り交じる。夫婦で訪れていたソウル市の30代女性は「50人ほどが白い顔で倒れていて、あまりにむごくて目を向けられなかった」と路上に座り込んだ。

逃げ場ない石畳の坂道
 外国人が多く住む梨泰院にはハロウィーン前後、韓国各地から多くの人が集まる。今年は3年ぶりにイベントが再開し、韓国メディアによると約10万人が押し寄せたという。

 現場の路地は、梨泰院大通りとクラブなどが立ち並ぶ「世界食べ物通り」をつなぐ幅3・2メートル、長さ40メートルの石畳の坂道。壁と店舗に挟まれ、逃げ場がない。

「どんどん折り重なった」
 事故の50分前に現場を歩いたという同市の大学生、姜宇錫(カンウソク)さん(25)は「ひどい混雑で友人は壁に体を押しつけられて身動きが取れなくなり、私も人波にのまれて行きたい方向に進めなかった。いつ事故が起きても不思議ではなかった」と振り返った。

 消防当局が事故を覚知したのは29日午後10時20分ごろ。目撃した20代男性は「いきなり全員が倒れ込み、一瞬でお互いにつぶし合っていったんです」と声を震わせた。人波にのまれた20代女性は「私のように小柄な人は息もできない状態だった。何とか路地の横に抜け出せたが、死を覚悟した」。オーストラリア人男性も「道にいたら誰かが倒れ、その上にどんどん人が折り重なった」とぼうぜんとした様子だった。

顔を布で覆われた人々
 現場は倒れた人が幾重にも重なって動かせず、意識を失った人の多くが1時間以上救命措置さえ受けられない状態が続いたという。事故後、通行止めになった梨泰院大通りのあちこちに意識のない人が運び出され、駆けつけた警察官や救急隊員約2600人が救助に追われた。

 時間の経過とともに顔を布で覆われた人が増えていく。30代男性は「救急隊員に頼まれて倒れた人たちを運んだ。みんなで心臓マッサージをしても、ほとんどは脈が戻らなかった」と涙を流した。

わが子を捜す親の姿
 一夜明けた30日早朝、現場は食べかすやペットボトルなどのごみが散乱したまま。連絡が取れないというわが子を捜す親の姿もあった。20代女性は「ホテルの近くで友達と別れた後、連絡がつかなくなった。現場には近づけないし、生死も確認できない」と不安を隠せない様子。ソウルや近郊の京畿道の病院には、友人や子どもの安否を確かめるために訪れる人が相次いでいるという。


 事故当日、梨泰院に配置された警察官は約200人。麻薬や性犯罪の取り締まりが目的で、雑踏警備が不十分だったとの指摘もある。現場近くに住む男性(48)は「人が押しかけるのは分かっていたのに、誘導や整理をする人がいないのは危ないと思っていた。大人がルールをつくれば若い命が失われるのを防げたかもしれない」と声を落とした。

 (ソウル山口卓)

西日本新聞 2022/10/31 6:00 (2022/10/31 18:36 更新)
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