空と零の至宝は、人々にとってどんな存在で、人々がそれを使って何をやらかして、どんな末路を辿っていったのかプレイヤーに考えさせる場面があった

火と大地の至宝は、特に至宝の力の功罪についてプレイヤーに考えさせる訳でもなく、偶然出来上がった臭いモノ(呪い)をとりあえずはぶっ飛ばして、結局最後は至宝の力を私的利用してナカーマを復活させちゃったからな

フラグがあったとかそういうことではなく従来の至宝への主人公達のスタンスと比べて、そういうところに雑さやご都合主義を感じるプレイヤーはいたんだろうな