「米(こめ)という漢字は、八・十・八が組み合わさって出来ているように、食べられるようにするまで88の手間暇がかかる。だから米を作ってくれたお百姓さんに感謝しながら、88回噛みしめて食べなさい」

昔はそんな教訓を伝えるお年寄りがいたもので、一口88回はさすがにアゴが疲れてしまうものの、ご飯はなるべくよく噛んで頂くように心がけています。

しかしそれは平時の話であって、いざ有事となればそんな事も言っていられず、例えば往時の武士たちは、敵の襲来に即応できるよう、少しでも早く食事を摂らねばならない場面がありました。

そんな情景を彷彿とさせる奇祭が、高知県高知市にあるそうで、その名は文字通り「早飯食い」。いったいどんなお祭りなのでしょうか。

味噌!味噌!湯!湯!……平家の落武者伝説に基づく奇祭
「早飯食い(高川の早飯ぐい)」は毎年11月8日、土佐山の高川仁井田神社で300年以上にわたって続けられてきたと言います。

平成16年(2004年)12月17日に高知市指定民俗文化財となっており、言い伝えによると、かつて平安時代末期の源平合戦に敗れ、土佐山へ逃げ延びて来た平家の落武者たちが、出陣に際して大急ぎで食事を摂ったことが起源なのだとか。

「敵襲!敵襲―っ!」

「おのれ、見つかってしまったか……」

「いざ、迎え撃たいでか!」

「その前に腹ごしらえを……」

なんてやりとりが繰り広げられたのでしょうか。

さて、神事が執り行われた後に一人一杯の茶碗飯が配られ、合図と共に味噌と湯を入れて一斉に掻きこみます。

「味噌!味噌!味噌!」

「湯!湯!湯!」

少しでも早く完食するため、例年であれば味噌や湯を求めるかけ声で賑わうのですが、新型コロナウィルス感染防止のため、人数は制限され、かつ無言で手を上げて知らせる方式になりました。

早い人だと15秒ほどで完食してしまうそうで、胃袋はもちろんのこと、喉が驚いてしまいそうですが、残さず食べることが作法であり、やはりお米を作ってくれた方への感謝を忘れてはいません。

かつての賑わいが戻ることを待ち望みながら、令和3年(2021年)も伝統が受け継がれていったのでした。

終わりに
ご飯は味わって食べてこそ、その命はもちろんのこと、作ってくれた人への感謝につながる……だから一口々々じっくり噛みしめ、時間をかけるという考えには一理あります(健康のためにはその方が絶対にいいです)。

しかし、食事の中には「搔っ込んで食うのが一番美味い」状況もあり、例えば私事で恐縮ながら、戦闘訓練中に警報が鳴り、急いで配置につく直前に38秒で空にした鉄板(※)の味は、今でも忘れられません。

(※)艦艇の食器は、配膳やメンテナンスに都合がよい金属製のワンプレートになっており、転じて食事を指します。

もう少し身近な例で言えば、盛り蕎麦だってズガッとたぐる(すすり込む)から空気と汁と蕎麦の風味が調和して美味いのであって、これをモソモソと噛みしめていたら、かえって蕎麦に申し訳ありません(もちろん、いくらかは噛みますが)。

じっくりと噛みしめる味わい方があれば、一気に掻っ込む味わい方もある……食事の喜びや有難みに価値観の幅を広げてくれる、そんな機会の一つとして、これからも「早飯食い」が受け継がれていってほしいですね。

※参考:
文化財情報 民俗文化財 高川の早飯ぐい−高知市公式ホームページ
土佐山の奇祭『早飯食い』 声掛けなし&参加は住民のみ…コロナ禍で変化も【高知】

https://mag.japaaan.com/archives/162178