※この記事は、月刊「正論3月号」から転載しました。ご購入はこちらをクリック。

旧ソ連バルト三国の一つ、リトアニアが親台湾政策を掲げ、中国と真っ向から対決している。昨年秋、「台湾」の名を冠した代表部設置を認めたことで、中国から「一つの中国政策違反。名称を変更せよ」と猛烈な圧力をかけられた。米欧はリトアニア支援を表明し、小国の奮闘はいまや、強権国家に立ち向かう民主主義圏の試金石となっている。中国から六千キロ以上離れたリトアニアで、何が起きているのか。現地で探った。

「脅威のドミノ」

リトアニアと言って、すぐ地図が思い浮かぶ人は相当な国際通だろう。北緯は樺太の最北端とほぼ同じ。北太西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)の東端に位置し、ベラルーシに国境を接する。人口は約二百八十万で、茨城県より少ない。

首都ビリニュスを訪れたのは昨年十二月の末だった。昼も夕方のように薄暗く、氷点下五度の寒風が頰を刺す。何度も転びそうになりながら積雪の歩道を行くと、広場の向こうに国会議事堂が見えた。威圧的な巨大コンクリート建築は、冷戦時代の名残だ。かつてはリトアニア・ソ連最高会議が置かれ、「ソビエト宮殿」と呼ばれていた。

議事堂を訪れたのは、国会で中国・台湾関係委員会の委員長を務めるマタス・マルデイキス議員にインタビューするためだった。

マルデイキス議員は中道右派の第一与党「祖国同盟」に属し、バルト三国議員団を率いて台湾を訪問したばかりだった。この訪台団は、マルデイキス氏がラトビア、エストニア議員に呼びかけて実現した。参加議員は十人で、リトアニアからは与野党の六人が参加した。

マルデイキス議員は四十一歳。人懐こい笑顔を絶やさないが、丸眼鏡の奥の眼光は鋭い。訪台の興奮がまだ収まらない様子で、開口一番、「台湾への支援は、中国の威嚇にさらされる小さな島への単なる同情ではない。我が国の安全保障に直結する問題なのです」と言った。

「安全保障」と言っても、中国がリトアニアにミサイルを撃ち込むと想定しているわけではない。中国とロシアが結びつき、民主主義圏を脅かしていると訴えているのだ。プーチン露大統領がウクライナや東欧に軍事、政治の両面で圧力をかける中、習近平政権は連動するように台湾を揺さぶっている。マルデイキス議員は「これは、単なる偶然ではない」と断言した。リトアニアにとってロシアは、ソ連消滅後も最大の脅威である。

「訪台中、私は蔡英文総統や政府高官らと三十以上の会談を重ね、台湾が直面する脅威について聞きました。中国からのサイバー攻撃や偽情報の流布、さらに中国軍機による防空識別圏侵入という軍事威嚇の実態についてです。民主主義の『隣人』を揺さぶる手法で、ロシアと中国があまりに似ていることに、驚きました」

マルデイキス議員は、中露連携による「ドミノ効果」警告した。

「世界はいま、中国やロシアという強権国家と民主主義圏に分かれている。かつて世界が米ソに二極化したように、です。どこかで民主主義が崩壊すれば、ドミノ効果でほかの地域にも圧力が及ぶ。中国が台湾の民主主義を押しつぶせば、我が国のように東欧の小さな民主主義国にも必ず影響が広がります。中国とロシアは結託して隣人を揺さぶり、米国の反応を見ている。民主主義圏が結束して台湾を助けることが重要なのです」