千葉県南部で大繁殖し、農作物に被害をもたらしているシカ科の特定外来生物「キョン」の封じ込めに、県が本腰を入れている。捕獲数は年々増え、撲滅に向けた「防衛ライン」も初めて設定。台湾では高級食材として知られ、県内でもキョンの肉を販売する動きもあるが、県は慎重だ。理由を探ると、特定外来生物ならではの事情が見えてきた。(貝塚麟太郎)

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キョンの肉を販売している原田さん(君津市で)

 キョンは体高50センチほどの草食獣で、元々の生息地は中国南東部や台湾。国内では伊豆大島と房総半島で確認されており、県内のキョンは勝浦市の観光施設から野生化したとみられる。

 繁殖力が強く、県の推計によると、2006年度に約9100匹だった生息数は、19年度には約4万4000匹に激増。生息域を拡大し、農業被害も深刻化しつつある。「ギャー」という大きな鳴き声に苦情も寄せられている。

 これ以上の拡大を防ごうと、県は21年度から5年間の防除実施計画を策定。一宮町と市原市を東西に結ぶ「分布拡大防止ライン」を設定し、年間8500匹以上の駆除を目指している。

 国内屈指の農業県である千葉県にとって、有害鳥獣の被害は深刻な問題だ。キョンを含め、イノシシやシカなどによる農作物被害は20年度、約3億5900万円に上り、イネや野菜、果樹の被害が後を絶たない。

 対策の一環として、県は捕獲されたイノシシとシカの肉を「房総ジビエ」と銘打ち、飲食店での活用やジビエ料理コンテストの開催などで消費を促している。ただ、特定外来生物のキョンは、その対象にできないという。

 環境省によると、特定外来生物を食べること自体は規制されないが、許可のない飼育や生きたままの運搬、野外に放つことは禁止されている。キョンの肉に市場価値を与えれば「外に放したり、飼育したりする行為により、生息域の拡大につながる恐れがある」(県流通販売課)といい、県は将来的なキョンの撲滅を掲げる立場だ。

 一方で、キョンの肉を消費する動きもある。君津市の「猟師工房ランド」では、ジビエ(野生鳥獣の肉)として代表的なイノシシやシカのほか、アライグマやハクビシンといった動物の肉を販売している。

 鴨川市などで捕獲されたキョンの肉も、その一角に並ぶ。ヒレやロースなどの部位があり、価格は100グラムあたり810〜1760円。身質が軟らかく、原田祐介代表(49)が「キョンを目当てに来る人もいる」という人気ぶりだ。

 原田さんは「特定外来生物として撲滅すべきという思いは行政と同じ。いただいた命を活用する役割を担いたい」と話す。キョンの肉を扱うのも「撲滅まで」と決めているという。

 鳥獣対策に詳しい岐阜大野生動物管理学研究センター長の鈴木正嗣教授は「商業的利用が行き過ぎると、外来生物対策として間違ったメッセージになる」と指摘。キョンの駆除に向けて「行政がハンター任せにせずに事業として駆除に取り組むことで、防除実施計画に実効性を持たせることが重要だ」と話している。

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