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英首相官邸のネズミ捕獲長ラリー=2012年2月14日、英首相官邸提供

 英首相官邸の「ネズミ捕獲長」として知られるトラ猫のラリー(オス、推定15歳)が今月、就任11年を迎えた。人間で言えば70代だが、まだまだ元気な人気者。非公式ツイッターのフォロワーは約50万人に上り、パーティー疑惑に追われる主への毒舌も、風刺好きな英国民の心をくすぐっている。(ロンドン・加藤美喜)

◆歴代首相3人に
 ラリーはロンドン市内の動物愛護施設に迷い込んだ保護猫で、官邸にスカウトされて2011年2月15日に就任。これまでキャメロン、メイ、ジョンソンの3代首相に仕えてきた。

 官邸前で首相の出待ちをする報道陣にとっても、ラリーは癒やしの存在。生中継の映像にたびたび映り込んで愛嬌を振りまき、ドアの前で「開けて」と言わんばかりにちょこんと座って警備の警察官を見つめる動画は「かわいすぎる」と拡散。トランプ前米大統領の訪問時には、専用車の下に雨宿りで潜り込んで動かず、警備担当者を大いに困らせた逸話もある。

 本業のネズミ捕りの実力は定かではなく、官邸の広報担当者によると「現在の日課はほとんど寝ているか写真のモデルになっているか」とのこと。ラリーには外務省のパーマストン、財務省のグラッドストーンという2大ライバルがいたが、前者は2年前に引退し、後者も20年1月に公式インスタグラムで「しばらく在宅勤務にする」と宣言。今ではラリーが人気を独り占めの状況だ。

◆ツイッターで非公式アカウントが発信
 ラリーのファンを増やしている一因が「非公式」ツイッターの存在。誰が書いているのか不明だが、あくまで「本人(本猫)」がつぶやいているという形式で、毎日頻繁に発信がある。

 フォロワーには現職閣僚や野党幹部、著名な政治記者らが名を連ね、逆にラリーがフォローしているのは大半がネズミ。猫の面白い動画で和ませる日もあれば、身内の不祥事への批判や人道的な発信も多い。

 新型コロナウイルス規制違反の官邸パーティー疑惑を巡っては、ジョンソン首相が「誰も規制違反だと私に注意しなかった」と釈明したが、ラリーはすかさず「ルールを決めたのはおまえだ。注意などいらないはずだ」とピシャリ。猫が机からずり落ちる動画には「支持率を見た時のボリス・ジョンソン」とユーモアたっぷり。

 一方で、ロシアのウクライナ侵攻直後にはウクライナ国旗の写真を投稿し、ウクライナ語で「あなた方はきょうだいです」と連帯のメッセージを発信、多くの共感を呼んだ。

◆「善人かクズかを見抜く」
 ラリーについて、英風刺漫画家のテッド・ハリソンさんは「首相の飼い犬のディリンは非常に忠実な犬。片やラリーは誰の飼い猫でもなく、わざわざ官邸にすんでやっているという態度」と笑い、「ラリーは多くの政治家を見てきて、善人かクズかを見抜く感覚が備わっている。お高くとまっていても、人々はラリーが政治の裏側を知っている猫とみて、特別な親しみを感じている」と分析する。

 ラリーのツイッターについては「英国の長い風刺文化の現れ」として、「英国の民主主義は、選挙で選んだ指導者を誰もがユーモアであざ笑うことができるからこそ機能している」とみる。

 クイーン・メアリー・ロンドン大のティム・ベイル教授(政治学)は、ラリーの長い“在任期間”について「政治家と有権者の間に大きな乖離がある時、政治家はそれをつなぐ存在を欲するものだ」と解説。欧州連合(EU)離脱を巡る国民の深い分断などを念頭に、歴代の首相がラリーに求めてきた「橋渡し役」としての期待が背景にあると指摘した。

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