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ロシアを覆う被害妄想こそがプーチン政権を支えている(写真は3月18日、モスクワで行われたクリミア併合8周年式典) Sputnik/Ramil Sitdikov/Kremlin via REUTERS

<ウクライナ侵攻での世界からの非難も、東欧諸国の離反も、北欧諸国のNATO加盟申請も、被害妄想に取り憑かれたロシアにしてみれば不当な「ロシア恐怖症」だというが......>

今、世界で大きな問題になっているのはロシアの被害妄想だ。被害妄想によってロシアは攻撃性を駆り立てられ、被害妄想なしでは現政権は称賛を得られず、被害妄想こそが政権の数少ない支柱の1つになっているだけに、どこかの誰かがうまくこの被害妄想問題を解決するアイデアを出してくれないものかと願ってしまう。

ロシアが言うには、世界が「かわいそうなロシア」を「寄ってたかって攻撃している」ということらしい。ロシアは巨大で強力な国であり、自らの行動のせいで世界にほとんど仲間がおらず、親密な国はベラルーシやシリアといったのけ者国家に限られるから、この言い分はなんとも奇妙だ。真っ当な理由から、バルト諸国や元ワルシャワ条約機構加盟国はソ連崩壊以降、先を争って西側入りし、EUやNATOに加盟した。そして今や、フィンランドやスウェーデンといった長年の中立国の世論も劇的にそうした方向にシフトしている。

ロシアは天然資源に恵まれているが、それによって得られる富は、たとえば質の高い医療や国民の生活水準向上のために使われるのでなく、支配者たちに浪費され、盗まれてきた。ロシア国民の新型コロナウイルスによる死亡率は驚くほど高く、蔓延するワクチン忌避の傾向は支配層への不信感の表れでもある。だから、もう一度言うが、ロシアの人々の生活水準がお粗末なのは「西側」の悪者たちによる陰謀のせいなどではない。

陰鬱な怒りと他者への非難ばかり
ロシアの人々はより良い未来への希望すら失っているように見える。ロシアのウクライナ侵攻は、ウクライナが今後の手本となってしまうかもしれないとプーチンが恐怖を抱いたことが少なからず背景にあるのではないかと、専門家たちは見ている――歴史的にこれほどまでにロシアに近い国が活力ある民主主義国家として成功したら、ロシア国民もそれに気付き、「私たちにもできるのでは」と考えてしまうのではないかと......。

希望と繁栄の代わりにあるのは、陰鬱な怒りと他者への非難だ。世界は「ロシア恐怖症」に陥っていて、ロシアこそが犠牲者なのだ、と。この論調においてはソ連崩壊は大惨事であり(ソ連は文字通り何千万もの市民を殺害し、迫害した誤った仕組みだったのにもかかわらず)、東欧諸国への民主主義拡大は抑圧され続けた人々の解放などではなくCIAによる何らかの陰謀であり、最近の対ロシア制裁はウクライナ侵攻に対する正当な対応というよりロシアの権威への侮辱であり不当な攻撃だ、ということになる。

「恐怖症」とはすなわち、合理的とは言えない恐怖を指す。たとえば、ロンドンに住んでいる誰かがクマに恐怖心を抱き、テレビでクマを見るたびに震え上がって悪夢にも見るようだったら、その人はクマ「恐怖症」と言える。だが、クマの生息する森にいる人が子連れ母グマに遭遇しないように最大限の注意を払っているのだとしたら、それは恐怖症などではなく完全に健全な自己防衛の感覚だ。

言うまでもないが、ウクライナ侵攻やこれまでの多くの悪行のせいでロシア政権を嫌悪するのは、ロシア恐怖症ではなく、自由と世界秩序を大切にする人にとっては唯一の合理的な反応なのだ。

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