0001きつねうどん ★
2022/05/27(金) 06:56:16.06ID:CAP_USER横一線に並んだ90式戦車
5月22日、陸上自衛隊東千歳駐屯地(北海道千歳市)において、「第7師団創隊67周年・東千歳駐屯地創立68周年記念行事」が挙行された。毎年この時期に行われる恒例行事だが、新型コロナウイルスの感染予防のため、2020年と21年、開催が中止となっていた。
人員約1500人、車両約360両が参加した、堂々たるパレードが行われ、訓練の様子が公開された。注目したいのは、この日参加した車両の多くが戦車であった点だ。
第7師団は、陸自唯一の機甲師団だ。名称に冠している「機甲」とは、戦車のこと。約200両もの戦車が同師団の第71、第72、第73戦車連隊および第7偵察隊に配備されている。
その理由は、北海道とロシアが海を挟んで向かい合っているからだ。冷戦時代は、対ソ連の最前線だった。ソ連は、機甲科を中心とした諸職種共同戦闘大隊を編成し、北海道へと着上陸してくると想定されていた。まさにウクライナ侵攻のような戦術だ。これに対するには、陸自も機甲科を中心に戦力を北海道に集中させるほかなかった。
戦車だけがあればいいという話ではない。普通科(歩兵)や特科(大砲)、施設科(工兵)など、他の戦闘職種から後方支援職種まで、すべて装甲車化した。前線で3個戦車連隊とともに行動をするからだ。こうして、陸自の中でもずば抜けて戦闘力の高い機甲師団が誕生したわけだ。
冷戦終結後、陸自は、テロやゲリラ対処に重点を置き、機動力を重視したコンパクトな部隊へと改編することにした。これに伴い、機甲科や特科を削減していくことにした。2000年代に入り、中国軍が東シナ海でも台頭し、新たな脅威となったことにより、日本の防衛最前線は南西諸島部となった。
ここで第7師団にも変革が求められた。ロシアを仮想敵とする基本戦術はそのままに、日本南西部をはじめとして、領土防衛のために必要とされる場所へと機動展開できる部隊へと生まれ変わることになった。11年、民間フェリーを使い、日出生台演習場(大分県玖珠町、九重町など)へと展開した。これが、初めての道外遠征となった。さらに、毎年秋には道内にて長距離機動展開訓練を実施している。
師団の機甲戦力の中心となっているのが、90式戦車である。だが、すでに配備開始から30年がたつ。そこで、現在は、第71戦車連隊に最新式の10式戦車が随時配備されている。
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最新の10式戦車
冷戦当時と比べれば、ロシアの脅威は減じた。しかし、その動向は不透明だ。第7師団は、不測の事態に備え、柔軟に部隊改革を行いつつも北海道を基盤的に守る最強部隊である点は変わらない。
■菊池雅之(きくち・まさゆき) フォトジャーナリスト。1975年、東京都生まれ。講談社フライデー編集部を経てフリーに。陸海空自衛隊だけでなく、米軍やNATO軍、アジア各国の軍事情勢を取材する。著書に『自衛隊の戦力―各国との比較』(メディアックス)、『陸自男子―リクメン』(コスミック出版)など。
https://www.zakzak.co.jp/article/20220527-5B44ZSAHNNPRRL4YOEYESVNMYA/