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引き上げられたKAZU1

 死者14人、行方不明者12人という、未曾有の被害をもたらした知床遊覧船沈没事故に、大きな動きがあった。沈没した観光船「KAZU1」の船体が5月27日の未明、ようやく、オホーツク海の海底から作業船に引き上げられたのだ。これにより事故の原因究明がより一層進むことが期待されるが、それにしてもこの作業を引き受け、一度は失敗しながらも、きちんとミッションを果たした民間企業「日本サルヴェージ」とはどんな会社なのか。

飽和潜水
 まずはここまでの経緯を簡単に振り返ってみよう。KAZU1の船体が発見されたのは、4月29日のこと。水中カメラでその姿が確認された現場は、KAZU1からの連絡が途絶えた「カシュニの滝」付近の海域で、水深約120メートルの海底だったという。

 社会部記者が言う。

「海上保安庁は、この船体の引き揚げを自分たちで行うのではなく、民間企業に依頼することを発表しました。というのも、人間が水深120メートルまで潜るには、飽和潜水という特殊な技術が必要なのですが、海保はその技術を持っていなかったのです」

 飽和潜水とは聞きなれない言葉だが、

「水深120メートルでは、陸上の13倍もの気圧がかかります。その過酷な現場で作業するために、あらかじめその気圧に設定した特別な部屋に入り、身体を慣れさせる。その技術を持っているのが、今回海保からの依頼を受け、引き揚げ作業を担当した、『日本サルヴェージ』という会社なのです」

通称“ニッサル”
 海のプロである海保ですら持っていない技術を、一民間企業が有していることに驚かされるが、果たして日本サルヴェージとはどんな会社なのか。同社ホームページを覗くと、事業内容のトップに、海難救助の文字が躍っており、官報に目を通せば、昨年の売上高は83億円とある。今回の「KAZU1」のサルヴェージ費用は、8億円超と報じられているが、ここまでの大事故はそうそう起こるものではないはず。水難事故に詳しい、一般社団法人水難学会代表の斎藤秀俊氏に訊ねた。

「我々の業界では通称“ニッサル”と呼んでいますが、世界に冠たる技術を持った唯一無二のサルヴェージ会社ですよ。とくに飽和潜水については、抜きん出ていると思います」

飽和潜水は通常業
――今回は、一度失敗してしまったが。

「船体を固定していた5本のスリングベルトのうち、2本が切れ、再び落ちたということですが、これは私にも想像できませんでした。ただ、想像するに、海中は浮力が働くため、地上よりも軽くなる。そのせいで固定しているはずの船が動いてしまい、移送中に擦れて、切れたということだと思います。会社としても想定外だったのでは。ただ2回目はより強靭なベルトに変えたため、擦れても切れることなく、難なく引き揚げができたのでしょう。さすがです」

――沈没船のサルヴェージ作業は滅多にないのに、なぜこの会社は、飽和潜水の技術を維持できているのか。

「実はこの会社は、海難救助と同様に、海底での工事も行っているのです。売上が立派なのも、そのため。ちなみにどんな工事かというと、海底ケーブルの敷設や保守ですが、ケーブルを固定する海底の深水は、だいたい200メートルくらい。もちろん飽和潜水で行いますから、この会社のダイバーからすれば、今回のような作業は、決して難易度の高いものではなく、いわば“通常業務”の範囲なのです」

――海保が飽和潜水の技術を持っていないのはなぜか。

「単にコストが高いのです。滅多に起きない深刻な海難事故のためにコストを払って技術を維持するよりも、起きたときに日本サルヴェージに頼んだ方がいい、という判断なのでしょう」

 日本サルヴェージ本社に問い合わせると、

「事情のわかる者が全員、知床に行っておりまして、お答えできません」

 ひとまず、お仕事、お疲れ様でした。

デイリー新潮編集部

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